最近、麻生首相は「政権交代ではなく政策選択を」というようになった。たしかに政権交代は手段にすぎないので、それによって政策がよくなるのかどうかが問題だが、政権が交代しないとできないこともある。

沖縄返還の際の密約について、外務省はようやく元局長の裁判への出廷を認めた。これは民主党が「政権をとったら密約に関する公文書を公開する」といっているため、方向転換したものだろう。当ブログでも何度も書いているように、これはアメリカでは公文書が公開されているので、もはや密約でさえない。

ところが外務省は「アメリカが勝手に作ったメモだ」などという言い訳で密約の存在を否定してきた。密約を結んだ共犯者である自民党政権が続くかぎり、この明白な嘘をくつがえすことはできない。こういうときは、そういうコミットメントのない民主党が政権につくことによって、外務省との暗黙の契約を破ることができる。だから政権交代すること自体に意味があるのだ。

これは企業買収(特にLBO)によって資本効率が上がる原因でもある。企業では経営者と従業員が雇用や賃金などについて多くの暗黙の契約を結んでいるので、同じ企業が存続するかぎり、この約束を破ることができない。LBOは、企業の所有権を移転することによって、新しい経営者が「そんな約束は知らない」といって人員整理する約束を破るメカニズムである、とJensenはのべた。

いま日本に必要とされているのも、政治家や経営者をがんじがらめにしている暗黙の契約を破ることだ。もちろんカウンターパートにしてみれば、天下りを当てにして地獄の残業を続けてきたのに、その「配当」をもらおうとしたら約束が破棄されるのではたまったものじゃない、という不満もあるだろう。LBOは資本家によるホールドアップ(事後的な機会主義)だというSummers-Shleiferの批判もある。

しかし公平にみて、今の日本で長期的な約束をすべて守り続けることは不可能である。90年代にも、大蔵省は護送船団行政の約束を守ろうとして問題を先送りした結果、不良債権を10倍以上に増やしてしまった。すでに実態が破綻している財政と年金を改革しないまま、さらにバラマキを続けたら、今度は日本経済全体が破綻する。たとえば年金を確定拠出に切り替えるとか支給年齢を大幅に上げるとかすると「約束が違う」と騒ぐ人々が出てくるだろうが、どこかでリセットすることは避けられない。先送りすればするほど破局は大きくなり、将来世代に大きな負担がかかる。

ところが民主党は後期高齢者医療制度も廃止し、福祉予算の増加を抑制する目標も廃止するという。おまけに民主党の支持団体でもない農協の脅しに屈して、日米FTAを引っ込めてしまった。鳩山氏のような「やさしい」性格では、暗黙の契約を破ることはむずかしい。かつて国民が小泉純一郎氏を歓迎したのは、彼が自民党をぶっ壊して過去の約束を「知らない」といえるキャラクターだったからだ。

この意味では政権交代は必要条件ではなく、約束を破れるリーダーが出てくれば、行き詰まりが打開できる可能性もある。カルロス・ゴーンが日産を再建したのは、「私はそんな話は聞いていない」といえたからだ。そのとき日産の幹部は「ゴーンさんのやったのは私たちが提案したこと。何をやるべきかは社員がみんな知っていた」といっていた。たぶん今の日本でも、国民は何をしなければならないかを知っているだろう。鳩山氏に必要なのは、約束を破る勇気だけである。