本書は日経ビジネスオンラインの連載をまとめたもので、テーマは経済危機後の世界と日本を考えるものだ。その批判のターゲットは池尾・池田本でも提唱した「内需拡大」だが、内容を正確に理解しないで、池尾さんのいう「藁人形」論法になっている。今年の経済財政白書も「成長を維持するには内需だけではだめで、輸出も重要だ」と書いているが、それは自明の理である。われわれは輸出の伸びには限界があり、製造業だけの「片肺飛行」では今回のようなリスクがあるので、国内型のサービス業の効率を上げて雇用を創造すべきだ、といっているだけだ。

ところが著者は、これを「内需をリーディング産業にしろ」とか「ものづくりは必要ない」という主張と取り違え、黒田東彦氏には「日本の輸出は世界経済に迷惑をかけていないので、今のままでいい」といわせ、藤本隆宏氏には「トヨタのものづくりは健在だ」といわせている。全体としては、日本の産業構造は今後も自動車や電機などの輸出産業が中核で、医療や介護などの内需産業は成長には貢献しない、という話になっている。

そうだろうか。自動車を除く工業製品は、ほとんど水平分業に転換しており、いくら要素技術の「技」を磨いても、収益の大部分はアーキテクチャをつくった欧米企業に持って行かれ、コモディタイズした工業製品は新興国との競争に負ける。その典型が、要素技術は世界一でありながら、端末のシェアは国内8社あわせて世界の1割にも満たない携帯電話だ。パソコンもルータも、IT産業は壊滅状態で、一度こうなると挽回は不可能に近い。自動車も、中国などではモジュール化が始まっている。

サービス業が内需に限られるわけでもない。通信サービスはグローバル化しており、グーグルのような情報サービスもグローバル産業だ。これまで内需型とみられてきた流通業もグローバル化し、ウォルマートやGAPも国際展開をはかっている。小売業は規制に守られて効率が低いので、ユニクロのような新企業がグローバル展開するのが理想だ。もうグローバル化=輸出産業=製造業という図式は成り立たないのだ。その意味では「内需拡大」という表現もミスリーディングで、「サービス業の効率化」といったほうがいいかもしれない。

日本の潜在成長率が低下した根本的な原因は、こうしたデジタル革命による産業構造の転換に対応できず、戦後の一時期に一部の製造業でたまたま成功した「すり合わせ」の成功体験にこだわってアーキテクチャ競争に敗れ、リーディング産業を失ったことにある。池尾さんも私も福祉や医療がリーディング産業になるとは思っていないが、雇用吸収力のあるのはそれぐらいしかない。G7諸国で最低になった労働生産性を、労働移動によってせめて平均ぐらいに戻そうというのが、われわれの慎ましい目標なのである。

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