民主党が日米FTAについてマニフェストを修正する方針を決めたことに対して、小沢一郎氏が異議を唱えた。農業所得補償は「農産物の貿易自由化が進んでも、市場価格が生産費を下回る状況なら不足分は支払うという制度。消費者にとってもいいし、生産者も安心して再生産できる」という彼の議論は、経済学的にも正しい。これを簡単な例で考えてみよう。

コメの需要と供給が図のようになっていて、国際価格はP1、生産量はQ1だとしよう。このとき消費者余剰はA+B+b+C、生産者余剰はD+d+E+Fとなる。他方、国内米の価格をPbとし、輸入米に関税をかけて価格をPbに引き上げると、生産量がQ2に減るので消費者余剰はAだけになり、生産者(海外農家)の受け取る価格はPsに下がるので、生産者余剰はFだけになる。B+b+D+dが税収として政府に入るが、C+Eは誰の得にもならない社会的な損失であり、死荷重とよばれる。
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ここで関税を撤廃して価格がP1に下がると、消費者も生産者も利益を得る。しかし国内農家は関税を払っていないので、国内価格Pbでの生産者余剰はB+dである。輸入が自由化されて価格がP1に下がった場合、国内農家が同じ量を生産すると、d-bの損失が発生する。その差額(B+b)を所得補償すれば、国内農家の所得は変わらず、消費者はB+b+Cの大きな利益を得る。アメリカの農家もD+d+Eの利益を得るので、米政府も歓迎するだろう。関税による死荷重がなくなるので、誰もが利益を得られるのだ。

これは高校生でも習うミクロ経済学の練習問題である。小沢氏の主張は、きわめて初等的な経済学で証明できるのだ。彼がFTAで日米の経済関係を緊密化するために農業所得補償を提案したのは、日本の政治家には珍しい戦略的な政策である。それは農業補助金を中間搾取してきた農協を通さないで戸別補償することによって、自民党の最大の集票基盤である農協を破壊するという点でも、自民党を知り尽くした小沢氏らしい。

逆にいうと、ここで民主党がマニフェストを修正したら、鳩山氏や菅氏は高校レベルの経済学も理解できないことをみずから証明することになる。経営工学でスタンフォード大学のPh.Dを取った鳩山氏が、まさかこんな初等的な理論を理解できないはずはあるまい。今度の総選挙では、民主党の戦略とともに、彼らの知能も問われているのである。

追記:誤解を与えないように図を修正したが、結論は同じである。コメントにもあるように、所得補償の額は消費者余剰の増加よりはるかに小さい。