長期的な政策なしにバラマキを競っている日本の与野党に比べて、オバマ政権は10年ぐらい先をにらんだ国家戦略を着々と進めている。日本では「グリーン・ニューディール」という名前から、環境政策ばかりに関心が集まっているが、本書もいうようにその本当のねらいはエネルギー戦略である。特に中東の石油への依存度を減らすエネルギー安全保障と、産業競争力の回復という要因が大きい。

こうした戦略のコアになるのが、スマート・グリッドと呼ばれる次世代電力網である。これは太陽光や風力などの自家発電を電力網に取り込むというのが表向きの理由だが、本当のねらいはボロボロになった電力網を更新して情報ネットワークと一体化することにある。グーグルやIBMがこれに力を入れているのも、電力網のグローバルな標準化によって、かつてのインターネットのような革命的な変化が起こる可能性があるからだ。

もう一つ、ガソリン・エンジンで壊滅したアメリカの自動車産業を、プラグイン・ハイブリッド電気自動車によって立ち直らせようというねらいもある。電気自動車は部品がモジュール化されて数百になるので、アメリカの得意とするグローバル水平分業に持ち込みやすい。これは電力網から充電するので、石油を電力に変えてエネルギー自給率を高めるねらいもある。アメリカの発電量の半分は石炭火力で、石炭はあと200年ぐらいもつからだ。

これに対して、日本の電力業界はスマート・グリッドには消極的だ。アメリカと違って電力網の品質は高く、更新する必要もない。自家発電がどの程度の電力をまかなえるのかも不明だ。本書の後半は「スマートグリッド先進国、日本」などと日本の業界を持ち上げているが、要素技術はあっても国際標準にあわないと、情報産業のようにガラパゴス化して全滅する。

要するにオバマ政権がねらっているのは、かつてインターネットによって情報産業で日米が逆転したように、スマート・グリッドによって省エネ先進国・日本を逆転し、情報とエネルギーの両面で国際標準を握ろうという壮大な産業政策なのだ。今のところ、それが成功するかどうかはわからない。クリントン政権の「情報スーパーハイウェイ」構想のように空振りに終わるかもしれない。しかし、この「ニューディール」の本質は「グリーン」ではなくエネルギー戦略だという点は、日本の政治家も認識したほうがいいだろう。