版元とのトラブルで出版できなくなった"Bailout Nation"が、版元を変えてようやく出た。内容はよくも悪くもそれほど物議をかもすようなものではなく、今回の金融危機をウォール街のインサイダーがまとめ、歴史的な視点から銀行救済を考えるまじめな本だ。著者によれば、危機の責任者ワースト5は、
  1. アラン・グリーンスパン
  2. FRB
  3. フィル・グラム上院議員(金融規制を緩和した)
  4. 格付け会社
  5. SEC
やはりS&Pなどの格付け会社が、民間企業ではトップだ。私も問題のコアは「金融工学の限界」などという高級な話ではなく、AAAが乱発されたことだと思う。普通の投資家には金融工学なんかわからないから、「AAAならOK」という単純な基準で投資していた。ところが、この格付けの実態は、ほとんど定量的な基準もなく、わずかな数のアナリストが過去の業績とヒアリングをもとにして格付けを行ない、債券の発行元から高い手数料を取ってつけていたのだから、いい加減な評価になるのは当たり前だ。

これは行動経済学でいうフレーミングの典型だ。そもそも米国債と同じ格付けで、その何倍もの金利がつくというのがおかしいのだが、投資銀行が「最新の金融技術を使えばリターンを下げないでリスクをなくせる」とか何とかいう物語をつくり、複雑な目論見書を見せると、中身のわからない投資家はそれを信じてしまう。いったんこの物語を信じると、値下がりしたら逆に「買いのチャンスだ」と思い込み、農林中金はサブプライム危機が表面化してから証券化商品への投資を拡大した。

グリーンスパンに責任があることは疑いないが、単なる資金過剰だけではバブルは生まれない。日本の80年代には、経済の「ストック化」で日本はもっと豊かになるので、地価も株価もまだ低すぎる、という「計量研究」を発表した経済学者がいた。ITバブルのときは「ITによって在庫は瞬時に調整されるので、景気循環の消滅する『ニューエコノミー』が到来した」とBusinessWeekがキャンペーンを張り、それを批判する経済学者は「新しいパラダイムを理解できないのだ」と嘲笑した。

バブルには、このようにそれを正当化する物語が必ずついているので、それを予知することはむずかしい。PERやPBRなどの指標は、将来の成長を過大評価すれば何とでも理屈がつくので、基準にならない。それより農林中金のようにすべてをいい方に解釈して悪い話を聞かない認知的ゆがみがバブルの典型的な徴候だ、と本書はいう。BISがバブルを識別する基準を策定中とのことだが、それには経済学よりも認知科学のほうが役に立つのではないか。