本書のハードカバー版は2008年のリーマン事件の前に出版されたが、今年出たペーパーバック版のまえがきで、著者は今回の経済危機こそ彼のメタファー理論の絶好の実例だとのべている。人々が「合理的理論」と信じていたのは効率的市場仮説というメタファーにすぎず、現在のようにその外側で大混乱が起きると、何もいえない。それを理解するには、合理主義のメタファーを括弧に入れて問題をメタレベルで分析する必要がある。

第1部・第2部はブッシュ政権がいかに凶悪な世論操作を行なってきたかというプロパガンダで、いま読む価値はないが、第3部はこれを学問的に論じている。おもしろいのは、前に「認知論的転回」として紹介した社会科学や心理学のいろいろな理論をメタファーに結びつけていることだ。中でも重要な役割を演じるのは、カーネマンなどの行動経済学のフレームの概念で、これをピンカーの心理言語学やゴフマンのフレーム分析や人工知能のフレーム問題とも結びつけている。

注目されるのは、著者がこうしたフレームの脳科学的な基礎を明らかにしていることだ。これがミラー・ニューロンで、ある行動を起こすとき発火するニューロンが、他人の同じ行動を見るだけで発火するというものだ。ミラー・ニューロンは1990年代に発見されて、いろいろな分野で注目されており、著者はこれを行動と認識がフレームで結びつけられていることを示す革命的な発見と評価している。

著者は、こうした新しい科学革命が人文・社会科学の多くの分野で同時に起こっていると論じる。それはデカルト以来のメカニカルな合理性をモデルとする「古い啓蒙主義」を克服し、脳の活動がフレームによって合理的に組織される過程を分析する「新しい啓蒙主義」だという。それは古い啓蒙主義を特殊な部分として説明できる。たとえばチョムスキーの理論でうまく説明できない(所与のカテゴリーでしかない)品詞はフレームの典型で、ニューロンの発火にも対応している。

認知科学の成果を取り入れるのは20世紀の社会科学の主流だったが、経済学だけは古い啓蒙主義で科学性を装うことができたので、こうした潮流とは無関係だった。しかし幸か不幸か古典力学のメタファーは破綻し、多くの研究者が合理主義モデルから逃げ出し始めている。本書で紹介される成果のかなりの部分はCowenと重複しており、著者が賞賛する新しいパラダイムのヒーローはカーネマンである。ようやく経済学も「普通の社会科学」になるのだろうか。