当ブログでは、ここのところ意識的に雇用問題を取り上げてきた。それはこの分野が、専門家のコンセンサスとマスコミ的な世論が大きく違う分野だからである。私の知るかぎり、「ワーキングプアを救うために派遣労働を禁止しろ」という類の主張をする専門家は(厚労省と連合以外には)いない。本書の内容も専門家の常識に沿うもので、当ブログの読者なら読む必要はないが、厚労省のOBが書いたという点が重要だ。彼の結論は
  • マーケットメカニズムを重視した伸縮的な労働市場をつくる
  • 「企業が雇用を抱える」という戦後の雇用政策を転換する
  • 政府が積極的にセーフティネットを構築する
  • やみくもに雇用保険を長期化するとか、生活保護を積極的に認めるというように「保護する」というスタンスをとらない
  • 正社員だけを政策的に優遇することはやめて、同一労働同一賃金という「普遍的な原則」にあわせた雇用政策を追求する
といったもので、「デンマークモデル」を理想とする点でも大方の意見と似ている。ただ『雇用再生』と共通する問題点は、解雇規制というタブーに踏み込まず、「伸縮的な労働市場」という婉曲話法に終始していることだ。この点はOECDやNIRAの提言がはっきり「労働者保護の削減」や解雇規制の緩和に言及しているのとの大きな違いだ。実務家としては、こういう「危ない」テーマには踏み込みたくないのだろうが、本書も認めるように、解雇規制を変えないで積極的労働市場政策だけやっても(今の厚労省のように)効果は出ない。両者はワンセットなのだ。

私の印象では、雇用問題は金融の問題と同根だと思う。リスク回避的な日本人のバイアスを制度的に補強し、人々がまったくリスクを取らないことが合理的になるような官民のシステムをつくってしまったのだ。だから日本社会が直面している問題は、リターンを考えないでリスクを最小化する特異な行動様式を変え、リスクテイクを促進するしくみをつくることだ。これは日本が資産大国として生きていく上でも重要だが、ほとんど文明的な問題で、短期間にできるとも思えない。しかし少なくとも政治家は、そういう問題の所在を認識してほしい。本書の救いは、厚労省の官僚も(本音では)問題を認識しているということだ。