「あらたにす」というサイトは何のためにあるのかよくわからないが、社説を比較するときは役に立つ。普段は毒にも薬にもならないことしか書いてないが、10日の社説は、朝日新聞が「15兆円補正―大盤振る舞いが過ぎる」なのに対して、読売新聞が「緊急経済対策 真水15兆円を賢く使え」と珍しく対立している。読売は、無邪気に政府の試算を信じてこう書く:
15兆円の財政出動で約20兆円の需要が生まれるとの試算がある。日本経済の需要不足を穴埋めできる数字だ。内閣府は、7%台に上昇しそうな失業率が5・5%程度におさまると見込む。経済情勢からみて規模は妥当と言えよう。
この「需要不足」はGDPギャップのことだが、これは内閣府も断っているように「想定」にすぎず、現実にそういうギャップがあるのか、またそれをすべて財政政策で埋めることができるのかは明らかではない。ましてそれによって失業率が1.5%ポイント以上も改善されるというのは、何の根拠もない願望にすぎない。これに対して朝日は
消費刺激型の景気対策は、将来の需要の「先食い」でもある。そのために政府が借金するのは、子や孫の世代へ「負担のつけ回し」になる。一時的に景気刺激効果があっても、長い目でみればマイナス面が少なくない。
と批判する。これ自体は正しいが、最大の問題は財政赤字が拡大することではない。日経は翌日「改革を進めてこそ需要追加策が生きる」と題して一本立ての社説を出しており、さすがに的確だ。
今回の対策の文章をみると「改革」という言葉がほとんど見あたらない。中長期的に日本の成長力を高めるには、財政による一時的な需要追加だけでなく医療、介護、農業分野などでの雇用創出につながる大胆な規制改革も進める必要がある。単発の財政刺激策だけでは、生産性の低い部門の構造を転換し経済の足腰を強化することにはつながらない。
このように自然GDP(潜在GDP)を引き上げるというアジェンダの設定は、他の新聞(毎日・産経など)にもまったく見られず、もっぱら財政赤字ばかり議論されている。この的はずれな論争は、自民党の中の「積極財政派」と「財政タカ派」の対立を反映していると思われるが、当ブログで紹介した経済学者の批判とまったく違う。

間違ったアジェンダをいくら議論しても、正しい答は出ない。問題は財政赤字云々以前に、こうした「原始ケインズ主義」による財政刺激の効果がきわめて疑わしいということなのだ。日経の指摘するように、「中長期の成長力」(自然GDP)を高める改革なしで需要を水増ししても、補正予算を使い切ったら元の木阿弥だ。

そもそも論説委員諸氏は、「需要不足」の基準が自然GDPであることをご存じだろうか。また財政支出の乗数効果は1以下だという実証研究をご存じだろうか。少なくとも経済部出身の委員は、Mankiwの学部レベルの教科書ぐらい読んで知識をアップデートする義務がある。

*誰か、この動学モデルの章を邦訳するWikiをやってくれる人はいないだろうか。Mankiwには私が了解をとるので。