先日、ある外資系投資銀行の幹部(インド人)が、背任事件にからんでニューヨーク本社から解雇された。それを聞いた元同僚(日本人)は「因果応報だ」といっていた。彼のやっていたビジネスは、かなりきわどいものだったからだ。

元幹部がやっていたのは、日本の機関投資家から資金を借りて世界の不動産に投資するファンドだった。資産を管理しているのは、名目的には日本法人(特別目的会社)だが、実はその株主(日本のペーパーカンパニー)に融資しているのはケイマン諸島にあるSPV(「ビークル」と平板アクセントでよぶ)で、その資金はすべてニューヨーク本社が世界から集めてきた金だった。このペーパーカンパニーが上げた利益は、ケイマンのビークルへの支払利息と相殺されて税金はほとんど払わない。その利息はケイマンで法人所得として計上されるが、税率はゼロに近い。

したがって日本で上がった利益は、いったん金利に姿を変え、ケイマンで配当にまた姿を変えて、ほとんど課税されないでニューヨーク本社に送金され、本源的な投資家に渡る。つまりこの複雑な影の銀行システムは、配当を金利に変えるメカニズムなのである。なぜこんな手の込んだことをするのだろうか? その理由は3つある:
  • 租税回避モディリアーニ=ミラー理論で知られるように、配当前の利益には法人税がかかるが、支払利息は費用として控除されるので、法人税があるかぎり負債で資金を調達することが合理的だ。

  • 残余請求権の移転:ファンドの出資(equity)の残余請求権は出資者にあるが、これだと仲介者(投資銀行)が高い利益を上げても出資者に高い配当を払うので、うまみがない。債務なら説明責任がなく、約定金利を払った残余はまるまる投資銀行のものになる。これを顧客(海外の投資家)には「ROIを上げる」と説明し、レンダー(日本の機関投資家)には「リスクヘッジ」と説明する。

  • 円キャリー取引:日本の金利は「タダみたいなもの」で、レンダーはおとなしいので、上のような奇妙なスキームを組んでも不審を抱かない。それどころか農林中金は、サブプライム危機が発覚してから3兆円以上のABSを買うなど、「世界最大のカモ」だった。
だから今回の危機を「株主資本主義の破綻」とよぶのは間違いで、この20年間に投資銀行やヘッジファンドの編み出した債務資本主義の破綻と考えたほうがいい。複雑な金融商品も、説明責任をまぬがれるための目くらましだ。今週のEconomist誌も指摘するように、上場企業をprivatizeして株式を負債に変える傾向は、80年代から始まり、90年代に加速した。Jensenなどのいうように、これは企業統治の観点からは合理的な面もあるが、リスクをすべて投資銀行に集中するシステムは、その投資銀行が消失するカウンターパーティ・リスクを考えていなかった。

このような規制のゆがみがあるかぎり、その抜け穴をさがす非生産的なビジネスが必ず発生する。派生証券による利益のほとんどは、実はこうしたregulatory arbitrageによるものだ。その結果、資金の流れが見えにくくなり、今回のように債務の整理がきわめて困難になる。それに比べて2000年のITバブルのときは、ほとんどが株式だったので破綻処理は短期間ですんだ。だから今回の金融危機を契機に、株式と負債の扱いにバイアスのある税制を変えてはどうだろうか。もっとも合理的で景気対策としても最強なのは、オバマ政権のブレーンでもあるライシュのいうように、法人税を廃止することなのだが・・・