16日に発表される昨年10~12月期の実質GDP成長率の速報値は「前年比マイナス二桁」になるそうだ。予定稿を書くメディアから取材を受け、電話でかなり適当な数字を答えてしまったので、少し補足しておく。

マイナス10~12%というのは「戦後最悪」だが、絶対的水準としてはさほど驚くべきことでもない。昨年末からの統計では、輸出額が前年比1/3減といった数字が出ている。日本の輸出はGDPの15%だから、これだけでGDPはマイナス5%だ。輸出産業が国内で調達している関連産業を加え、消費マインドの冷え込みを考えると、最終的に10%ぐらいマイナスになることは十分ありうる。ただ、これだけ急激にマイナスになるのは、おそらくオーバーシューティング(潜在GDPからの下振れ)を含んでおり、マクロ政策で(可能なら)補正する必要があろう。問題は、それが可能かどうかということだ。

普通の財政・金融政策が手詰まりになった中で、最近にわかに話題になっているのが政府紙幣だ。「アゴラ」に少し書いたように、これは「マリファナ」とか「円天」とかバカにするような政策ではなく、議論には値する。ただハイパーインフレになる心配より、何も起こらない可能性のほうが高い。ゼロ金利では資金需要が絶対的に飽和しているからだ。したがって政府紙幣は、金融政策ではなく財政政策である。しかしスティグリッツが「国債は債務を借り替える必要があるが、政府紙幣を発行した場合にはその必要はない」とのべたのは誤りで、白川総裁が反論したように、市中から環流してくる紙幣を日銀が買い取るところまで考えれば、無利子の国債を日銀が引き受けるのと同じだ。

したがって問題は、国債の日銀引き受けをすべきかどうかということになる。野口悠紀雄氏もいうように、これは財政法で禁じられているが、国会決議があれば可能なので、政府紙幣より現実的だ。つまり政府が日銀から借金してバラマキ財政をやるのだ。しかし日銀は通貨発行益を政府に納付しているので、政府に対して債権をもつと、両者は相殺されて同じことになる。それもしてはならないと法律で決めて、完全なフリーランチにすることは可能だが、これは日本政府が意図的に無責任になる政策だ。白川総裁は次のようにのべる:
日銀の円滑な金融調節が阻害されたり、日銀の財務の健全性が損なわれることへの懸念を通じて、通貨に対する信認が害される恐れがある。また、政府が日銀による国債の直接引き受けと同じ仕組みにより恒久的な資金調達を行うことが、国の債務返済にかかる能力や意思に対す る市場の懸念を惹起し、長期金利の上昇を招く恐れがある。
ファイナンスなしで政府紙幣を大量に発行すると、「日本政府はジンバブエと同じだ」というシグナルを市場に送ってハイパーインフレが起こる可能性がある。日銀が巨額の赤字を負って倒産するかもしれないような状況では、金融調節は不可能になるからだ。最終的に政府が日銀を救済するとすれば、結局は財政でファイナンスするのだから、普通の国債発行と同じだ。

要するに、経済学の鉄則どおり、世の中にフリーランチはないのだ。それがあると一時的に錯覚させることは可能だが、嘘はいずればれる。これまで「ケインズ政策」と称して、いろいろな嘘が実施されてきたが、それが長期的には帳消しになるという事実を国民が学習した結果、マクロ政策がきかなくなったのである。

オーバーシューティングを補正するために政策手段を動員する必要はあり、緊急の対応策としては金融政策しかない。特に長期金利が上がり始めている状況では、日銀がリスク資産の買い取りなどの非伝統的政策に踏み込んで、流動性を最大限に供給する必要があろう。しかし残念ながら、それ以上の政策はむずかしい。現在の不況の最大の原因は、世界的インバランスがバランスに戻ることによる外的ショックだから、日本だけの力でインバランスに戻すことはできない。政府紙幣を議論するぐらいなら、アメリカで多くの経済学者が提言している投資減税を検討してはどうだろうか。