私の学生のころのマクロ経済学の教科書は、短期の理論しか書いてなかったが、最近の教科書はマンキューのように長期の成長理論から入り、その長期トレンドからの乖離として短期的な景気変動を扱うものが増えてきた。大学院の教科書は、20年前のBlanchard-Fischer以来、そういう構成になっている。最近は中級の教科書でも、JonesのようにIS-LMをやめて潜在成長率の概念をコアにするものが出てきた。

日本の経済政策を考える上でも、現状が潜在成長率に近いのか、それともそこから(上方あるいは下方に)乖離しているのか判断することが出発点である。ただし厳密に潜在成長率を推定することは容易ではないので、内閣府のGDP速報値をもとに、ざっくり推定してみた(専門家には怒られると思うが)。


図のように昨年10-12月期の実質GDPを1995年からのトレンドを直線で描くと、年率約1.5%。内閣府などの推定する潜在成長率に近い。現状はそこからの下方への乖離というより、潜在成長率への復帰と考えたほうがいいのではないか。むしろ2007年までの景気回復が円安・低金利による上方への乖離で、最近のマイナス成長はこのグラフからみると、まだ下方修正する可能性がある。したがって今年のGDPを「ゼロ成長」とする内閣府の予測は楽観的だ。

だから日米の置かれた状況は違う。アメリカの場合は、明らかに金融システムの崩壊で潜在成長率からの大幅な下方への乖離が生じているので、異常な財政政策も選択肢としてはありうるが、日本では上方に乖離していた成長率が潜在水準に復帰しているので、財政・金融による短期的な「景気対策」は必要でも有効でもない。必要なのは、1990年ごろを境に実質1%強に低下した潜在成長率を引き上げるための規制改革だ。

潜在成長率を決める要因はいろいろあるが、日本の場合ボトルネックになっているのは非効率的な労働市場だから、解雇規制を撤廃して非生産的な部門からの労働移動を支援する改革が重要だ。いま必要なのは「階級闘争」ではなく、正社員と非正規労働者の身分差別の撤廃である。それは派遣を救済するだけではなく、労働生産性を高めて潜在成長率を引き上げるために必要なのである。