農協の大罪 (宝島社新書)著者(山下一仁氏)は、私の元同僚である。農水省から経済産業研究所に派遣され、市場開放された場合の農業政策を考える役割だった。しかしWTOで農水省が粘り勝ちして米の関税引き下げを阻止したため、彼の研究は宙に浮いてしまい、彼は農水省をやめた。

本書の内容は、農協が農民をいかに食い物にしてきたかを歴史的にたどり、著者の農業改革案を説明するものだ。印象的なのは、農協が戦時統制団体である「農業会」を衣替えしたものだということだ。他の戦時統制団体は解体されたが、農業会は食糧難のなかで米の供出を確保するという緊急業務のため、看板をかけかえただけで生き残った。ここでも「戦時体制」はまだ生きているわけだ。

農水省の政策は「農業政策」ではなく「農協政策」だとよくいわれるが、戦前から受け継いだ政治的・経済的な権力を集中し、農業を独占的に支配する農協は、農家を搾取して日本の農業を壊滅させた元凶である。その最大の権力基盤は、農協を通じて配布される農業補助金だ。著者はこの構造を変えるため、補助金を廃止して市場を開放し、農産物価格を下げる代わりに、中核農家に所得補償する政策を提案する。

これは多くの経済学者の提案している政策だが、著者がその根拠として「食料安全保障」をあげるのはいただけない。彼は「国際経済学では生産要素は企業間・産業間を自由に移動できるという前提に立っている」というが、経済学にそんな前提はない。土地が固定されていても、それを使って生産した最終財の市場があれば、貿易を通して要素価格が均等化され、資源の効率的な配分が可能になるのだ。

食糧安保の根拠を、中国などの値上げに求めているのもおかしい。中国が値上げしたロシアから買えばいいし、米が値上がりしたら麦でカロリーは補給できる。全世界で数年にわたってすべての穀物の価格が数十倍になって、GDP世界2位の日本が食糧輸入でカロリーをまかなえなくなるような事態は、世界大戦が起こらない限りありえない。食糧安保が「保険」だというなら、そのリスクを定量的に評価すべきだ。農産物価格の上昇へのヘッジなら、輸入元の多様化のほうがはるかに効率的である。

所得補償は民主党も提案しているが、これは著者の提案とは似て非なるバラマキ政策だ。農協を解体して日本の農業を建てなおすことは、疲弊した地方を活性化する上で重要な政策だが、この点でも自民・民主のどちらにも期待はもてない。