コメントで教えてもらったが、小倉秀夫さんが解雇規制について次のように書いている:
「正社員」に対する解雇規制を撤廃し又はその処遇を引き下げたところで、企業の内部留保や株主への配当が増えるだけで(そして、外国人投資家を通じて流出する富が増えるだけで)、非正規社員の待遇の改善には概ね繋がりません。むしろ、「正社員」への給与を通じて企業から国内市場に流れていた富が減少することにより、サービス業での非正規労働者の雇用は減少し又は待遇が悪化するかもしれません。
残念ながら、これは誤りである。まず「解雇規制を撤廃したら内部留保や配当が増えるだけ」というのは、「賃金を下げても利潤が増えるだけ」ということだが、当ブログで何度も書いているように(労働需要が飽和した特殊な場合を除いて)賃金が下がれば労働需要は必ず増える。利潤も増えるかもしれないが、それだけということはありえない。

後半はわかりにくいが、要するに「賃下げで所得が減ると、有効需要が減って景気がさらに悪くなる」という乗数理論だろう。ケインズは、この論理でピグーなどの「古典派」経済学者をボロクソにけなしたが、それを裏づける実証データを示していない。理論的には、ピグーのいうように賃下げによって労働需要が増える効果もありうる。一般的にいえば、価格が硬直的で数量調整の速度が大きいときはケインズ的な効果があらわれるが、やがて価格調整が行なわれるとピグー的な均衡に落ち着く。

「大恐慌期には、賃金が下がったが失業は減らなかったから、ピグーは誤っていた」というのが通説で、ピグーものちにそれを認めたが、本当に賃金は下がっていたのだろうか。Cole-Ohanianは当時のデータを調べた結果、1930年代にアメリカの製造業の実質賃金は上昇していたことを明らかにした。たしかに名目賃金は下がったが、物価がそれ以上に下がったため、1929年=100とした実質賃金(名目賃金/物価)は、図のように上昇し続けたのだ。


特にルーズベルトが大統領に就任した1933年以降、賃金が上がり、1935年にワグナー法が成立して労働組合が増えてから、さらに賃金が上がったことがわかる。これと失業率には、明らかな相関がある。GDPが底を打った1933年以降も10%以上の失業率が続いた原因は、この実質賃金の上昇と、反トラスト法の凍結による独占の拡大だろう、とCole-Ohanianは推定している。

要するに、労使交渉で賃金が上がれば労働需要が減るという当たり前のメカニズムで、大恐慌期の失業は説明できるのだ。他方ケインズの乗数効果は、最近の実証研究では否定され、ニューディールによる財政政策の効果もほとんどなかったとされている。つまり間違っていたのはピグーではなく、ケインズだったのだ。したがって雇用規制を撤廃して賃金を下げれば、失業率は下がる。失業者が雇用されることは、明らかに「待遇の改善」である。「派遣村」の騒ぎを演出して雇用規制の強化を求める「プロ市民」は、もっとも弱い失業者を犠牲にしているのだ。