世の中には、まだ「どマクロ経済学」の信者がいるようで、いまだに同じようなコメントやTBが来る。IS-LMで考えているかぎり、何を説明しても無駄なので、ここでまとめて新しいマクロ経済学の教科書的な説明をしておく。長文でテクニカルなので、ほとんどの人には読む価値がないと思う。

DSGEは動学モデルなので、最初から変分法とかオイラー方程式が出てきて、ほとんどの人はそこで挫折するだろう。しかしそれは本質的ではなく、ほとんどの結論は簡単な2期モデルで導ける。その点で、Goodfriendの解説論文は便利だ。くわしくは原論文を読んでもらうとして、ここでは彼の簡単なモデルを超簡単にして、結論だけ書く。まずcを消費、nを雇用、aを労働生産性とすると、

c=an・・・(1)

したがってn=c/aだが、ここでwを賃金とし、μ=a/wを企業のマークアップ率とすると、

n=1/(1+μ)・・・(2)

と書ける。μが利潤最大化条件を満たすようなn*が自然失業率である。したがって、マークアップ(利潤率)が高いほど雇用は減る。また第i期の消費をci、所得をyi、労働生産性をai(i=1,2)、金利をrとすると、第1期の需要は第2期の所得からforward-lookingに決まるので、均衡条件は

c1=y2/(1+r)

他方、成長率をg=a2/a1-1とすると、

y2=(1+g)a1n

となる。これに前の2つの式を代入すると、

(1+r)(1+μ)c1=(1+g)a1

となる。ここで均衡を成立させるr*が自然利子率である。gが上がると(他の条件を一定とすれば)r*も上がるので、インフレを防ぐために利上げが必要だ。他方、gは技術的に与えられたパラメータなので、rによって変えることはできない。金利を引き上げると、マークアップμが下がり、デフレになる。

このモデルで需要ショック⊿cが発生したとき、雇用nはどう決まるだろうか。ケインズ的モデルでは、(1)から⊿n=⊿c/aとなるから、需要が減ると雇用が減って失業が起こる。これに対してRBCモデルでは市場はつねにクリアされるので、雇用は賃金w=a/μで調整され、自然失業率(2)で決まる。ここでは雇用は需要と無関係に、マークアップの減少関数として決まる。

DSGEでは、雇用は短期では需要(1)で決まるが、長期では自然失業率(2)で決まる。したがって金融政策は短期の安定化政策には有効だが、自然失業率が実現すると、それ以上は効果がない。つまり短期的な需要不足は金融政策で吸収できるが、それは長期では価格によって調整され、金融政策は実体経済に中立になるのだ。

ここで注意が必要なのは、通貨供給がモデルに入っていないことだ。これはこの簡単モデルだけでなく、WoodfordやGaliの動学モデルでも通貨供給の変動は金利に反映されるので、中央銀行の政策目標には入らない(これが世界の中央銀行の標準的な理解だ)。マクロ的な金融政策の有効性は、実質金利が自然利子率と均衡するまでの短期に限られ、日本のようにゼロ金利になると効果はない。また自然失業率が実現した後は、財政政策も意味がない。

だからT-norf氏のTBに書かれている「精神論かマクロ経済学か」という対立は誤りで、正しくは成長率かマクロ政策かというべきだ。現在の日本の不況は、外需によってかさ上げされていた成長率が突然下がった、RBC的な需要ショックと考えられる。こういうとき金融緩和は調整をゆるやかにする意味はあるが、マクロ政策は短期の政策なので、低下した成長率を上げることはできない。現在の状況は(日本経済の悪い実態を反映した)自然率に近いので、あとは労働生産性を引き上げて成長率を高めるしかない。それは精神論ではなく、「正社員のクビを切れる改革」や(T-norf氏もいうように)イノベーションを高めるための資本市場改革である。