経済成長の最大の要因がイノベーションだということは、今日ほぼ100%の経済学者のコンセンサスだろう。したがって成長率を引き上げるためには、マクロ政策よりもイノベーション促進のほうがはるかに重要である。これについて先進諸国で採用されている政策は、政府が科学技術に補助金を投入する技術ナショナリズムだが、これはどこの国でも失敗の連続だ。著者は、この背景にはイノベーションについての根本的な誤解があるという。

イノベーションについての経済理論はほとんどないが、唯一の例外が内生的成長理論である。この理論は成長のエンジンを技術革新に求め、政府の補助金が有効だとする。しかし本書は、100社以上のベンチャー(startup)の聞き取り調査にもとづいて、イノベーションの本質は技術革新ではないと論じる。アップルやグーグルのように既存技術の組み合わせによってすぐれたサービスが実現される一方、日本メーカーのように特許はたくさん持っているが収益の上がらない企業が多い。

製品開発には多くの補完的な要因がからむので、全体の効率を決めるのはボトルネックになっている要因だ。本書によれば、多くの場合にボトルネックになっているのは、技術ではなくマネジメントである。凡庸な技術が優秀なビジネスモデルによって成功するケースはあるが、その逆はない。マネジメントの優秀さは、経営者がテッキーであることと関係ない。重要なのは、経営者が技術の生産者ではなく消費者としてすぐれたサービスを実現することだ。これを著者はventuresome consumptionとよぶ。

本書は、日本経済の今後を考える上でも重要だ。日本メーカーは技術の生産者としてはすぐれているが、日本のサービス業は技術の消費者として最悪だ。その原因は、経営者が古いビジネスモデルにこだわることだ。ITの最大のメリットは新しいサービスを実現することなのに、彼らは既存のサービスのコスト削減の手段としてしかITを扱わない。アメリカがすぐれているのは、ITの新しい使い方を実験するベンチャーが継続的に出てくることで、その背景には冒険を支援するVCがある。

したがって「日の丸技術」に補助金をばらまくのは逆効果だ。本質的なイノベーションを高めるには、要素技術の開発は中国やインドなどにアウトソースし、それを有効に使うビジネスモデルやマネジメントの革新に力を注ぐべきだ。リスクの高い事業に資金を供給する資本市場の改革も重要だ。「技術の流出」を恐れて対内直接投資を制限する財界の資本鎖国は逆である。過剰な「知的財産権」保護はユーザーの自由度を下げてイノベーションを低下させるので、こうした権利保護を緩和することが政府の重要な役割である。