きのうの記事を理解できない人もいるようなので、少し補足しておこう。テクニカルな話なので、契約理論に興味のない人は無視してください。

ある時点をとると、すべての金融取引の集計でΣ利益=0になるのは会計的な恒等式である。損失の反対側には同額の利益が必ず生じている(得した人は黙っている)ので、社会全体としてはゼロサムゲームだ。異時点間では、ゼロ金利が景気対策として役に立ったとすれば全体の所得を増やす効果もあったかもしれないが、実際の効果はほとんどなかったので、1992年以降の超低金利政策は、純然たる所得移転に近い。

バブルの崩壊というのは、損失を最終的に償却する過程なので、ITバブルのような株式ベースが一番わかりやすく、処理も速い。株主は劣後的な債権者で、企業が清算されたら株式は紙切れになることが契約に明記されているから、その契約を履行すればよい。ところが債券は優先的な債権なので、企業が債務超過になった場合も元本が契約上のこり、債務を再配分するrenegotiationが生じる。

クレジット・デリバティブも本質的には債券だから、債務不履行の場合は債権者に担保権などのresidual control rightが移転し、再交渉が複雑になる。この意味で、もともと株式の派生商品としてできたオプションなどを90年代に債券に適用してクレジット・デリバティブを作ったとき、今回の問題の芽が生じたといえよう。債権を複雑に組み合わせると、破綻処理が複雑になることはわかっていたからだ。

もちろん債券でも債務不履行は日常的に生じるので、破綻処理の手続きはある。それが破産法なので、本来は債務超過になった会社を裁判所で処理し、債務を整理するのがもっとも簡単だ。しかし、これには例外がある。銀行の場合には、債権者(預金者)が非常に多く、裁判所で債務整理を行なうことは困難だから、預金保険によって法的に再交渉の手続きを決めている。こうした債務処理をバイパスする金融技術がCDSだったが、皮肉なことにそれが今回の危機の主犯になった。

また破産処理には企業が抵抗し、大企業の場合には債権者の破綻をまねくので、邦銀のようなsoft budget constraintが起こりやすい。この延長された再交渉の過程が不況なので、損失の負担が確定すれば経済の縮小は止まることが多い(Kiyotaki-Moore)。この意味では、マクロ的な財政・金融政策は再交渉を先送りし、資源配分をゆがめて不況を長期停滞にするリスクが大きい。

アメリカの場合も、Hart-Zingalesの指摘するように、連邦政府やFRBがアドホックな処理を繰り返したことが再交渉を複雑にした。重要なのは原則を確立して、一律に処理することだ。特にオバマ政権の課題になるのは、小口の住宅債権の再交渉である。これは債務者が膨大で、個別にやっていると泥沼化するので、契約理論の知恵を借りてrenegotiation designを考えてはどうだろうか。

いずれにせよ、損した人がすべて納得して損失を償却するまで不況は終わらない。社会全体としてみれば、ゼロサムゲームで誰に所得を移転するかは大した問題ではないので、時価会計で値洗いして一挙に償却するのが簡単だろう。