最近、解雇やリストラのニュースが目立つ。これは不景気が「中期」に入ったとき出てくる定番で、私も昔よく取材した。こういうネタは取材が楽だ。労組がすべてお膳立てしてくれて、「被害者」も顔出しで企業を批判するので、絵になるからだ。特にこういうときは経済部ではなく社会部の記者がやるので、勧善懲悪になりがちだ。

その典型が、Asahi.comが「ニュース特集」と銘打って珍しく全文掲載している(紙のほうは抄録)連合の高木会長のインタビューだ。ここでは記者が「派遣法などの規制緩和を許し、不安定雇用を増やした責任は連合にもあるのでは?」と組合員の立場で高木氏を追及し、彼も「強く主張し続けられなかったことについては、ざんげしたい」と同調している。

取材する側は「派遣法などの規制緩和が不安定雇用を増やした」ことを前提にしているが、そういう因果関係を示すデータはどこにあるのか。当ブログで何度も指摘したように、非正規雇用が増えた原因は構造改革ではなく長期不況であり、規制緩和はむしろ平均賃金を下げて労働需要の低下を防ぐ「安全弁」だったのだ。派遣労働の規制を強化したら、平均賃金が上がって完全失業者が増えるだけだ。

このように目先の正義感で規制を強化して市場をゆがめる思考法を、法と経済学で事後の正義とよぶ。それ自体は悪いことではないが、不況になっても労働者を解雇できなくなると雇用コストが上がるので、企業は正社員の雇用をますます減らす。それは結局、失業者を増やし、労働者を不幸にするのである。

「資金繰り支援」とか「リフレ」などと称する金融政策の実態も、事後の正義の一種だ。それ自体はいいことのようだが、その結果、古いゾンビ企業が生き延び、新しい企業をクラウディングアウトしてしまう。このように事後的にはつねにインフレ的なバラマキ政策が望ましいというインフレ・バイアスがあるので、中央銀行の独立性が保障されているのだ。

とはいえ、こういう状況になると事後の正義の誘惑は強い。10年前にも小渕内閣は大量のバラマキをやり、財政赤字を増やして土建屋とゾンビ企業を温存し、日本経済の生産性を決定的に低下させた。麻生内閣も同じ道を歩もうとしている。来年度の当初予算は史上最大の88兆円で、国債の発行額は30兆円をはるかに突破する。

こういうとき左翼的な立場で企業を糾弾する社会部的ポピュリズムは、格好いいし気持ちがいい。目の前の労働者が気の毒な状況にあることも事実だ。しかし雇用規制を強化することが実は彼らのためにならないという経済学のロジックは、新聞でもテレビでも伝わりにくく、「企業寄りだ」と批判を浴びがちだ。せめて当ブログのようなメディアが異議を唱え続けるしかないのだろう。