世の中には、いかにも経済学用語っぽいbuzzwordを振り回して、一般人をたぶらかすニセ経済学者がけっこういる。彼らの話は大学1年生の教科書にはない「中級」の言葉を使うのが特徴で、経済学を知らないサラリーマンはそれが「専門知」だと思ってしまう。それだけならいいが、官僚や経営者がそれを信じて誤った政策や経営方針を決めると、多くの人が迷惑する。そこで不定期に「中級経済学事典」と題して、こうした間違いをただすことにした。

最近の経済危機にからんで、情報の非対称性という言葉がよく使われる。たとえば金子勝氏は、いろいろな著書で繰り返し次のように書く:
市場には、プレーヤー同士がお互い情報を完全に知りえないという「情報の非対称」がつきまとっています。
慶応大学では、こんな初歩的な間違いを授業で教えているのか。教師の品質管理は、どうなっているのだろうか。情報の非対称性(私的情報)とは「お互いが知らない」ことではなく、principal-agent関係で代理人だけが知っていて依頼人が知らないことである。この場合、依頼人が代理人にだまされる(モラル・ハザード)ことがあり、それを恐れて取引をしない(逆淘汰)こともある。

これは個別には大した問題ではないが、社会全体で一斉に起こると大変なことになる。それが今回の状況だ。投資銀行のつくった複雑な金融商品は、原則としては中身が透明だが、その目論見書は何百ページもあり、普通の投資家にはリスクがわからない。ふだんはAAAという格付けを信じて取引しているが、それが信じられなくなると全面的な逆淘汰が起きて、市場が崩壊してしまうのだ。

情報の非対称性は、分業の行なわれる社会では避けられない問題であり、ゼロにする必要もない。依頼人が代理人よりよく知っているなら、自分でやればよい。一定の情報を代理人が自分で処理するのは当たり前で、そういう自律性をもたせることによって代理人のインセンティブが上がる。依頼人は報酬体系の設計によって、ある程度はインセンティブの歪みをただすことができる。

しかし代理人が必要以上の非対称性を作り出すようになると、有害な結果をもたらす。今回、問題になっている「ストラクチャー」と呼ばれる金融商品は、建て前上は投資家の好みにあわせてカスタマイズするためということになっているが、実際は「邦銀は何も知らないので、好みなんてない。目的は複雑なストラクチャーでコテコテに囲い込んで逃げられないようにするため」(外資系投資銀行の関係者)のものだ。これはITゼネコンが役所をだます手口とよく似ている。

金融機関は、もともと企業の財務内容についての情報の非対称性を解決するため、その企業の内容を知っている銀行に預金するしくみだ。ここでは銀行が自分で融資すことによって、その企業が健全だというシグナリングを行うことがキモだが、貸付債権が証券化されて譲渡されると、このシグナリングがきかなくなる。そのリスクを測定するのが格付け会社だが、彼らは証券を発行する企業から手数料をもらっているので、高く評価するバイアスがある。

だから格付け会社をスケープゴートにして規制を強化しても、問題は解決しない。特に財務格付けはsolvencyを評価するもので、今のような状況でのliquidityを保証するものではない。本質的な問題は、資本市場のインフラを整備して金融商品の透明性や流動性を高め、非対称性を減らすことである。