d8797b34.jpg本書の最初に、埴谷雄高のソ連の「カフカ的光景」についての描写が引用されている。空港事務所の事務員が電話しているが、その電話線は実は切れている。彼女はそれを知っているが、いつまでも電話のふりをしている。他に仕事がないので、仕事のふりをするのが仕事なのだ。

これを読んで、私もかつて霞ヶ関で体験した出来事を思い出した。国家公務員共済組合には毎年1回「検認」という手続きがあり、すべての公務員が健康保険証や「被扶養者申告書」や給与所得証明書などを提出しなければならない。それをしないと翌月以降、保険証が無効になる。共済組合の事務員に「こんな手続きは民間にはない。変更するとき申告するだけで十分でしょう」というと、彼は「私もそう思いますが、これは国家公務員全員がやっているので、経産省だけやめるわけには行きません」と気の毒そうに答えた。

そこで「検認」についての財務大臣通達を見せてもらったところ、これは1958年から毎年やっており、対象は公務員・独立行政法人など110万人にのぼる。事務作業は膨大だが、すべてハンコをついて返すだけで、提出された書類も見ない。共済組合は全国に職員が1万3000人もおり、当時の理事長は元大蔵省銀行局長の寺村信行氏だった。

公務員の仕事の7割は、こうしたカフカ的な作業である。コンピュータで一元管理できるペーパーワークに各地方ごとの出先機関があり、そこに国家公務員33万人のうち21万人がいる。かつてケインズは「大蔵省が古い瓶に紙幣を詰めて廃鉱に埋め、それを掘り出す事業を作り出せば失業はなくなるだろう」と書いたが、それは冗談ではないのだ。著者がいくら「こんな支局は必要ない」と激しく追及しても、官僚は譲歩しない。彼らは自分たちの職を守るという崇高な使命感でやっているからだ。

本書は半分以上が地方分権改革推進委員会の議事録で読みにくいが、このカフカ的状況を実感するにはいいかもしれない。地方分権委については麻生首相が「地方農政局の廃止」を打ち出して注目されたが、いまの迷走状態では実行できるか心配だ。しかしこれが改革の本丸である。