著者は"The Tragedy of the Anticommons"という有名な論文で、「知的財産権」が非生産的な役割を果たすことを指摘した。「コモンズの悲劇」というのは、漁場や山林のような共有地が過剰利用される問題だが、アンチコモンズは逆に共有地が過少利用される悲劇である。たとえばライン川は、神聖ローマ帝国の時代には欧州の主要な交通路だったが、帝国が崩壊すると、沿岸に「泥棒貴族」が出現して各地で領主権を主張し、数百の関所をつくって通行料を徴収したため、ライン川の通行は不可能になり、沿岸の商業も産業も衰退した。

特許や著作権も、このライン川の関所のような存在になりつつある。特に薬品業界では、一つの新薬を市場に出すには、多くの先行特許に使用料を払わなければならない。最近は遺伝子にまで特許が与えられるようになったため、画期的な新薬を開発しても、特許使用料が予想される利益を上回り、発売できないケースが増えた。このため製薬業界の研究開発費は増えているのに、新薬の数は減っている。

こうしたアンチコモンズが国民生活に悪影響を与えている最大の例として著者があげるのが、電波である。ホワイトスペースは、泥棒貴族が領地を囲い込んで有効利用を阻害しているアンチコモンズの典型だ。Tom Hazlettは、これを「テレコモンズの悲劇」と呼んでいる。

さらに最近、深刻な問題になっているのは、アンチコモンズを意図的に作り出すことをビジネスとするパテント・トロールだ。Blackberryを生産しているRIM社は、NTPというパテント・トロールに特許侵害訴訟を起され、2006年に6億ドルを払って和解した。NTPの特許は「無線機器でEメールを送信する」という広範囲なもので、同社は機材を何も生産していないが、欧米で数十の無線機器業者に対して訴訟を起している。

著者はアンチコモンズの対策として、安易に広範囲の特許を与える審査制度を改めるとともに、異議申し立てや再審査を容易にすることを提案している。また政府が公益のために特許や著作権を許諾させる強制実施(許諾)を広い範囲で発動し、多くの特許や著作権をプールする包括ライセンスを制度化すべきだ。知的財産戦略本部の「プロ・パテント」路線も最近ようやく軌道修正されたようだが、アメリカのアンチコモンズの失敗に1周遅れで追随するのは愚の骨頂だ。このままでは知的財産権は、ライン川の関所のようにIT産業を滅ぼすだろう。