本書のタイトルは、もちろんハンチントンの『文明の衝突』へのアンチテーゼである。もともとハンチントンの議論は、フランシス・フクヤマ的な「冷戦が終わり、自由と民主主義で世界は統一される」といった楽観論への批判だったわけだが、本書はハンチントンをさらに裏返して楽観論を主張する。

といってもそれは、フクヤマのようにお気楽な西欧文明礼賛ではない。かつて世界の人口爆発は指数関数的に加速すると予想されたが、そういうことは起こらなかった。最近の人口予測では、ますます増加率が低くなっている。この原因としてもっとも有意な説明変数は女性の識字率である、と著者はいう。経済発展によって女性の教育水準が上がると、避妊を禁じる宗教的なタブーの拘束力が弱まり、産児制限が進む。こうした人口の抑制によって一人当たり所得も上がって社会が豊かになり、知的・経済的な近代化が始まるのだ。

その結果、大多数が文盲で宗教的権威の影響が圧倒的に強い旧世代と、科学的知識を身につけた新世代の衝突が起こる。現在のイスラム原理主義は、一見ムハンマドの時代に戻る反動的な運動のようにみえるが、その担い手は知識層である。これはルターが「聖書に還れ」というスローガンで改革を行なったのと同じで、旧体制に独占されていた教義の原典を明らかにすることでその欺瞞を暴いて権威を転覆する、革命の常套手段だ。こういうアジテーションも、識字率の向上によって初めて可能になる。

こうした識字率の向上→人口増加率の低下→近代化→世代間の対立→革命というパターンは、フランス革命から日本の明治維新やロシア革命などに至るほとんどの革命運動にみられ、同じようなパターンが文明圏によって数百年のずれをともなって繰り返されている。これはほとんどマルクスの「発展段階説」への先祖がえりで、実証はかなり荒っぽいが、具体的なデータで行なわれている。またマクルーハン以来の「印刷革命」説とも共通する部分がある。

社会主義の崩壊とともに消え去ったと思われていた進歩史観が、意外な形で復活したのはおもしろいが、かりに現在のイスラム原理主義が西欧の宗教改革と同じ道をたどるとすると、あと200年ぐらい「宗教戦争」が続くことになる。そうした混乱を避けることはできないが、文明の対話によって移行期間を縮めることはできる、と著者はいう。私もそうであってほしいと思うが、その移行期間はたぶんそれほど短くはならないのではないか。宗教に関しては、人類はほとんど進歩していないからだ。