「人材鎖国」の記事をめぐって、コメント欄で激しいバトルが続いているが、前の記事では省いた歴史的な経緯を少しおさらいしておこう。これは拙著の第3章にもまとめたように、80年代の「日本的経営」論で周知の事実だが、最近はその流行が終わって久しいため、忘れられているようだ。

まずITゼネコンにみられるような系列下請け構造は、IT業界に限らず、日本の製造業に広くみられるが、その起源はそれほど古いものではない。1930年代から萌芽的にはあったが、基本的には戦後できたものだ。これは「戦時体制」とも関係なく、むしろトヨタなどの製造業が過小資本だったため、多くの企業が協力して生産する体制が50年代にできたのが発端と考えられている。

他方、終戦直後の激しい「生産管理闘争」が終息する過程で、長期雇用によって組織労働者だけを強く保護する「日本的雇用慣行」が成立した。したがって固定費となる正社員の雇用を増やさないため、下請け・孫請けで生産する系列構造は合理的だった。たとえば1983年にGMは46万人の従業員で500万台を生産したが、トヨタは6万人で340万台生産した(拙著p.68)。これは資本関係(所有権)によらない人的関係(会員権)による支配が機能していたためだ。

この違いがよくあらわれているのが、日米の調達構造である。アメリカの自動車メーカーは基本的に競争入札で部品サプライヤーを公募し、最安値の企業から調達するため、GMの取引先は2000社以上で、ほとんどが1年契約だ。これに対して日本のメーカーの取引相手は300社に満たず、最低4年(モデルチェンジまでの期間)は継続する(p.116)。これは自動車のように部品の補完性の強い業種では合理的であり、現在でもその優位性は変わらない。

自動車のように部品数が多いと、その一つでも不具合があると全体に影響が及ぶので、こうした長期的関係によって情報を共有することがきわめて重要だ。しかも部品には汎用性がないので、設計段階から「デザイン・イン」などで協力する必要がある。こういう構造は、どの業界にもみられるが、自動車で成功したのは、最終財にグローバルな競争があるためだ。競争による歯止めがないと、一時の日産のように下請けとの「なれ合い」が起こってしまう。

ITゼネコンが没落したのは、最終製品(ソフトウェア)が官庁や銀行などのカスタム製品になっているため、最終財市場の競争がないことが最大の原因と考えられる。あるとき高橋洋一氏が、私に「国交省は省内専用メールシステムをITゼネコンに発注しようとしている」と憤然と電話してきたことがある。さすがにそれは彼が反対して実現しなかったが、経産省には省内専用のメーリングリスト・ソフトウェアがあり、全員あて返信しかできないなど劣悪だったので、私が提案して廃止した。

もう一つは、ITの要素技術はモジュール化されているため、自動車部品のような補完性が低く、系列構造は有害無益だということだ。業務用ソフトウェアも、今はほとんど汎用パッケージで実現できるので、ITゼネコンがコテコテにカスタマイズしたレガシー・ソフトは捨てたほうがいい。しかし発注側にそういう知識がないものだから、地球シミュレータのように「既存のアプリケーションが使えること」といった条件を(仕様書を書くITゼネコンが)つけて、事実上の随意契約にしてしまう。

このようにITゼネコン構造の根本原因は、発注するクライアントが無知で、業者のほうが専門知識のレベルが高いため、業者にぼったくられることにある。ITゼネコン関係者によれば、「役所は2年で課長が交代するので、そのたびに当社の営業がレクチャーに行く。その時さりげなく当社にしかないシステムを売り込むのが営業の腕だ」。こういう現象は経済学でよく知られており、英語でもregulatory captureという言葉がある。

だからまず必要なのは、調達側の官庁や企業がITの専門家を雇用して合理的な仕様を自前で決め、標準的パッケージがある場合はそれを使い、ゼネコンに限らずベンチャーも入れた競争入札を行なうなどの調達システムの合理化だ。それができない原因は、5年前にRIETIシンポジウムでも議論したように、日本の官庁や銀行の「ジェネラリスト志向」「純血主義」の人事ローテーションにある。したがって正社員を過剰保護する雇用慣行を改め、外部の専門家を期限つきで雇用し、プロジェクトが終わったら解散するといった柔軟な労働市場が必要である。