マスメディアが「第四の権力」だとはよくいわれることだが、舛添要一氏によれば、派閥の崩壊した自民党では「メディアが最大派閥になった」という。与野党のねじれで官僚機構の調整機能が麻痺してしまった現状では、「大連立」騒動を読売新聞が仕掛けたように、メディアが権力の空白を埋める第一権力になったのかもしれない。

きょうの「サイバーリバタリアン」で取り上げた電波の話は、先週のICPFシンポジウムで話した内容だが、そのあと、ある無線の専門家に「池田さんの言うことは、技術的には正しい。しかし、あなたの理屈はアメリカでは通るかもしれないが、日本では無理だ」といわれた。彼は、この話は「最初からVHF帯は放送業界が取り、UHF帯は通信業界に60MHz空けるという結論が決まっており、『懇談会』はその結論に誘導するセレモニーにすぎない」という。UHF帯(710~770MHz)を空けるのは「アナアナ変換に携帯業者の集めた電波利用料を使ったときの取引だ」。

なるほど・・・と納得してしまうのもよくないのだが、これが日本の現実だ。放送業界の政治力は圧倒的に強いので、行政も手をつけられない。彼らの政治力の源泉になっているのが、政治部の記者と政治家の癒着である。たとえば朝日新聞の政治部には、テレビ朝日の系列局の電波利権を取るのが専門の(記事を書かない)波取り記者がいる。企業の規模としてはテレビ局を合計したよりはるかに大きいNTTも、政治力という点ではとても及ばない。だから通信業界には曲がりなりにも競争が導入されたのに、放送業界の寡占は温存されているのだ。

彼らの既得権に手をつけると大事件になるのは、新聞の特殊指定のときも見せつけられた。すべての新聞が公取委を批判し、シンポジウムを開いて「御用文化人」を集め、国会議員や地方議員まで動員して、常軌を逸した騒ぎを繰り広げた。こういうときの彼らの特徴は「われわれの既得権を守れ」とは決していわず、「活字文化があぶない」とか「放送の公共性を守れ」などと正義の味方を装うことだ。

しかしテレビ局は、VHF帯でもうけるつもりはない。大事なのは、新規参入を妨害するために帯域をふさぐことなのだ。昨年の在京キー局の売り上げは1兆6000億円、経常利益は1250億円と好調だが、それは番組がすぐれているからではない。普通のテレビで、無料で見られるチャンネルがそれしかないからだ。拙著『電波利権』でも紹介したように、地上波テレビ局の企業戦略は一貫して、この寡占状態を守ることだった。ケーブルテレビを零細化し、BSは子会社で全部ふさぎ、IP放送は著作権を盾にとって妨害してきた。これは独占企業の行動として経済学の教科書に載っているmarket foreclosure(市場からの締め出し) という、きわめて合理的な戦略だ。(*)

彼らが「通信と放送の融合」に消極的なのも、同じ理由だ。欧米では、ケーブルやCSやネットとの競争に押されたテレビ局がYouTubeと提携したりしているが、日本では地上波局の寡占はゆるがない。今の楽なビジネスでもうかるのに、リスクをとって新しいビジネスをやるインセンティブがないのだ。だから楽天がTBSに「新しいビジネスで一緒にもうけよう」と呼びかけるのは、永遠の片思いである。TOBをかけないかぎり、何年たってもTBSは話し合いには応じないだろう。

この「第一権力」が他の三権より有利なのは、それをチェックする機関がないことだ。新聞社がテレビ局と系列関係になっているため、メディアの相互批判も封じることができる。おかげで、地デジもB-CASもコピーワンスも、ほとんどの人が知らないうちに決まってしまった。VHF帯も、そろそろ「着地点」が見えてきたようだ。電波利権を守る一貫した戦略と、それを守り抜く政治力という点では、日本のテレビ業界の力は世界一といっていいだろう。

(*)締め出しによく使われる手段が「垂直統合」である。だから放送業界が「水平分離」に反対するのも合理的だ。cf. Hart-Tirole

追記:この記事には、トータル5万を超えるアクセスが集まったので、英訳した。