先ごろ死去したフリードマンの伝記。彼の著書をまったく読んだことのない人には、わかりやすい入門書だが、経済学者が読んでも得るものはないだろう。著者はジャーナリストで、フリードマンの理論を学問的に検討してはいないからだ。彼が20世紀でもっとも影響の大きな経済学者の一人だったことは疑いないが、彼ほど敵が多く、誤解された経済学者も少ない。今でも、次のような見方が世間には多い:
アメリカの経済がうまくいかなくなってきた1970年代から、ハイエクやフリードマンといった人々がケインズを批判し、再び古典派経済学を持ち出しました。[・・・]時代錯誤とも言えるこの理論は、新古典派経済学などと言われ、今もアメリカかぶれのエコノミストなどにもてはやされているのです。(藤原正彦『国家の品格』p.183)
これは徹頭徹尾でたらめである。ハイエクやフリードマンは、当時の主流だった新古典派に挑戦したのであって、「古典派経済学を持ち出した」のではない。おまけに藤原氏は、シカゴ学派と新古典派を混同している――と私が編集者(『電波利権』と同じ担当者)に指摘したら、新しい版では「新自由主義経済学」と訂正されたが、そんな経済学も存在しない。

こういう素人だけならまだしも、宇沢弘文氏は、私の学生のころから「フリードマンがポンドの空売りをしようとして銀行に断られ、これを聞いた師匠のフランク・ナイトが激怒して、彼を破門した」という話をしていた(飲み屋で10回ぐらい聞いた)。しかしこれも、田中秀臣氏が検証しているように、宇沢氏の作り話だ。このようにフリードマンを「保守反動」と指弾し、ケインズのような「計画主義」を賞賛するのが、80年代まで日本の「進歩的知識人」のお約束だった。

理論面でも、フリードマンは初期にはほとんど受け入れられなかった。名著『資本主義と自由』も、出版された当時は酷評されたし、彼の提唱した通貨供給の「*%ルール」を採用する中央銀行もなかった。このルールの有効性は理論的にも実証的にも疑わしく、この意味で彼は「マネタリスト」としては成功しなかった。彼の最大の功績は、1968年に発表した「自然失業率」の理論である(*)。これは大論争を呼んだが、「財政政策は長期的には無効だ」という彼の理論は、その後の歴史によって証明され、ケインズ理論は葬られた。

・・・と思っていたら、FRBのバーナンキ議長は、先週の議会証言で財政政策が必要だとのべ、ブッシュ政権は1500億ドルの景気対策を発表した。これは選挙向けの人気取りに、バーナンキが迎合したという印象が強い。一昨日の記事でもふれたように、ケインズの『一般理論』も、失業対策を求める政治家のための理論武装だった。しかしクルーグマンマンキューの意見が珍しく一致するように、財政政策というのは、他の政策がきかないときの「やけくそ戦略」でしかない。日本でも、これをまねする政治家が出てこないことを祈りたい。

追記:Reinhart-Rogoffは、今回のサブプライム危機が90年代の日本の金融危機と似ていると指摘している。かつて「インフレ目標を設定しない日銀はバカだ」と言い放ったバーナンキはどうするのだろうか。彼の尻馬に乗って日銀総裁を罵倒していたリフレ派も、自分の言論に責任をとってほしいものだ。

(*)この理論のわかりやすい説明が、1976年のノーベル賞受賞講演にある。