国家に抗する社会―政治人類学研究 (叢書 言語の政治)
レヴィ=ストロースは未開社会を平和な「冷たい社会」と考えたが、彼の弟子クラストルは北米の先住民を調査し、それがつねに他の部族と戦っていることを発見した。彼らが平和にみえるのは、国家を拒否して戦争を抑制しているからだ。

部族が生き残るためには、他の部族との戦争を指導する首長が必要だが、彼が王になることは許されない。必要もないのに戦争を始めると他のメンバーは離れ、首長は敵の矢を体中に受けて死ぬ。首長は一方的に命令するのではなく、部族の合意に従わなければならない。

この思想は、最近のグレーバーの「アナーキズム人類学」にも受け継がれている。従来は農耕が国家を生み、それが戦争を生んだと思われていたが、それは逆である。ドゥルーズ=ガタリがクラストルに触発されて書いたように、国家は戦争を抑止するために生まれたのだ。

日本人の平和ボケは普遍的

狩猟採集社会では、人は生きていけるだけの獲物を取ると、それ以上は働かないので、1日の労働時間は4時間以下だった。それ以上働いても、余った獲物が腐るからだ。しかし定住して農耕が始まると、穀類は貯蔵されて不平等が生まれ、土地を争う戦争が起こる。その中で大きな部族が他の部族を併合して国家が生まれる。

クラストルのいう「国家に抗する社会」の典型が、縄文時代である。そこでは農耕なき定住社会が1万年以上続いたが国家は生まれず、狭い集落の中で戦争を抑止するための贈与や儀礼があった。縄文時代の遺跡からは武器も損傷した人骨も出てこない。農耕や戦争が始まったのは弥生時代である。

それは大陸より5000年ぐらい遅いので、なぜ日本に農耕や国家が入ってこなかったのかが論争になったが、この問いは逆である。北米の先住民にも縄文人にも共通なのは、国家を拒否して権力の集中を防ぐアナーキーであり、それは狩猟採集社会の秩序を維持する普遍的なメカニズムだった。

クラストルは農耕から定住社会や国家が生まれたという通説を否定して、北米の先住民には農耕なき定住社会が多いことを指摘し、国家は定住する部族の争いから生まれたのではないかと推測している。最近では定住が農耕に先立つことは通説になったが、国家が農耕に先立つわけではない。古代の四大文明のうち、エジプト以外には中央集権国家はなかった。

日本人の平和ボケは特殊ではなく、狩猟採集時代から脳に埋め込まれた「原始的平和主義」なのかもしれない。だとすれば平和憲法を改正することは、永遠の見果てぬ夢である。