本書は、朝日新聞社の主催する「大佛次郎論壇賞」を受賞し、上野千鶴子氏が日本語版の解説を書いている。特記すべきことはそれぐらいで、内容は常識的なものだ。慰安婦の「強制連行」が存在しなかったという事実を認める本を韓国人が出版したのも、これが初めてではない。ただ、韓国でこういう本を出すには大変な勇気が必要であることは想像にかたくない。事実、著者は「親日派」(これは蔑称)という批判も浴びているらしい。

本書を読んでうんざりするのは、日本が「戦後、一度も植民地支配を反省したことがない」といった話が、韓国のすべてのメディアと教育機関でいまだに流され、それを少しでも批判すると、ネット掲示板まで含めた集中的な攻撃を浴びるという状況だ。慰安婦の強制連行の証拠はない、と発言したソウル大学の李栄薫教授は辞職を要求され、「慰安婦ハルモニ」に平身低頭して謝罪させられた。

著者(朴裕河氏)は、こうした粗暴なナショナリズムが韓国の民主主義国としての評価を傷つけているというが、普通の日本人は韓国の対日批判なんか相手にしていない。当ブログでも、慰安婦について欧米メディアがデマを流したことは問題にしたが、私は韓国のメディアは読んでもいない。気の毒だが、韓国は(この面では)北朝鮮と同様、最初から普通の民主主義国とは思われていないのだ。

ただ、これまで事実を客観的にのべるのは、日本に住む「親日派」の韓国人で、その掲載されるメディアも産経・文春系だったから、逆に韓国側は中身を読まないで「日本の保守反動勢力に取り込まれた」と断罪するだけで、コミュニケーションは成り立たなかった。その意味で平凡社という「中立的」な版元から出た本書は、ハーバード大学教授が『日本帝国の申し子』を書いたのと同様の効果をもつかもしれない。

韓国が、その近代化の遅れを「日帝36年」のせいにし、日本を攻撃することでトラウマを修復しようとするのは、旧植民地が民族としてのアイデンティティを回復するための自然な反応である。その感情に配慮しない「嫌韓流」的な言説は批判されて当然だが、著者が憂慮するほど、こうした議論は日本で影響をもっていない。「つくる会」の教科書も数%しか採択されなかった。事実に反する報道で両国の対立をあおった最大の元凶は、本書に授賞した新聞社に代表される勢力なのである。

著者でさえ、日本の「進歩派」のダブルスタンダードには疑問を呈している。彼らは「女性国際戦犯法廷」などで日本のナショナリズムを攻撃する一方、「慰安婦は女子挺身隊だった」という明白な虚偽を主張する韓国のナショナリストをたしなめるどころか、彼らを煽動して日韓の対立を激化させてきた。和解のためにまず必要なのは、朝日新聞や上野千鶴子氏たちが過去に流してきた誤報やデマゴギーを、せめて本書ぐらいの率直さで訂正することだろう。