アメリカの金融危機は、ますます日本の10年前に似てきた。インターバンクの金利が10%を超え、日銀がドル資金を供給するという異例の措置に踏み切った。これは1997年11月に、三洋証券の倒産のとき、無担保コール資金の一部が債務不履行になった事件とそっくりだ。これによってコール市場が崩壊し、拓銀と山一証券が倒産した。山一の倒産の記者会見で、野沢社長(当時)がインターバンクについて質問され、「それはどこの銀行ですか?」と聞き返したエピソードを思い出した。

各国の中央銀行は協調してドルの流動性を供給しているが、この効果は疑問だ。今回のリーマンの破産は、山一のような単純な資金繰りの問題ではないからだ。派生証券は、中央銀行の介入する国債のような「表」の市場ではなく、たとえばAIGを「ハブ」にしてCDSが取引される契約ベースの相対取引である。その契約条件は個々の証券で違い、CDOにCDSが組み合わされたりする複雑な「仕組債」になっているので、流動性が低い。しかも派生証券の想定元本は全世界で600兆ドルと推定され、債券市場(60兆ドル)の10倍もある。

こういう状況で流通システムが崩壊すると何が起こるかを理論的に分析したのが、Blanchard-Kremerの有名な論文 "Disorganization"である。これは社会主義崩壊後のロシアやウクライナでGDPが60%以上も下がった原因を解明したものだ。

契約がいつホールドアップされるかわからない状況では、疑心暗鬼が広がってだれも資金を出さなくなる。ここでは「ファンダメンタルズ」は問題ではない。社会主義時代のロシアには物資は十分あったが、流通システムが崩壊すると自給自足に戻ってしまい、経済システムの根本である分業の利益が失われるのだ。こういう状況でCDOを売却すると、額面の22%という価格も覚悟しなければならない。

本質的な問題は住宅価格ではなく、債権と債務のコーディネーション・メカニズムが破壊されたことである。だから今回の問題をサブプライム危機と呼ぶのは過小評価であり、debt disorganizationと呼んだ方がよい。それはGDPが数十%吹っ飛ぶぐらいの規模になりうる。不況がコーディネーションの問題であることを早くから指摘していたのも、ハイエクである。彼はノーベル賞講演で、次のように述べた:
こうした失業は、なぜいま流行している理論の推奨するインフレ的な政策で、いつまでも直らないのでしょうか。その正しい説明は、私の考えでは異なる商品やサービスへの需要の分布と、そうした製品をつくるために必要な労働その他の生産要素の配分との食い違いにあるようにみえます。[・・・]経済システムにいつまでも政府の資金を投入しつづけても、それは一時的な需要を作り出すだけで、それをやめたり減らしたりしたら、また元に戻ってしまいます。(強調は引用者)
現在のような状況では、財政・金融ともに「マクロ経済政策」はほとんどきかない。派生証券のコーディネーターが破綻して取引が成立しないときにハイパワードマネーを大量に供給するのは、喉の渇いている人に消防車で水をまくようなものだ。必要なのは取引の信頼性を回復し、契約を一つ一つ清算して損失を確定する「ミクロ的」な仕事である。それを支援するためには、米財務省が提案したRTCのようなクリアリングハウスも役に立つだろう。