800MHz帯の電波利用についての山田肇氏と私のパブリックコメントに対する総務省の回答が発表された。ちょっと前までは「聞き置く」だけだったのが、個別に答えるようになったのは大きな前進だが、答になっていなくても反論できないのが欠点だ。そこでブログを利用して、インタラクティブにコメントしてみよう。われわれは
  1. 770~806MHz帯(以下800MHz帯)は主としてテレビ中継のFPUに割り当てられているが、実際にはマラソン中継だけの臨時利用である。したがってマラソン中継の行なわれていない時間・場所ではただちに開放すべきである。
  2. 総務省は、放送局に800MHz帯を用いたFPU中継の放送実績と今後の放送計画を報告させ、その結果を公表すべきである。
  3. 移動しながら中継する技術はすでに実用化されており、移動体SNG中継車が各局に配備されている。これを使えばマラソン中継もSNGで可能なので、800MHz帯のFPUへの割り当てはやめるべきである。
とコメントしたのだが、総務省は「1から3について」まとめて答えている:
移動体SNG 中継車は、ビルや電線等により伝送の途絶が発生し、都市部では移動中の中継利用が困難です。
総務省の官僚はテレビ中継をしたことがないから、これはテレビ局に問い合わせたのだろう。私は中継をしたことがあるから、こんな嘘はすぐわかる。マラソン中継はマルチカメラだから、「ビルや電線等により伝送の途絶が発生」する地点では固定カメラに切り替えればいいのだ。実際の中継では、事前にすべての地点を下見して詳細なカメラ割りをした台本をつくるので、こんなことは問題にならない。
一方、800MHz 帯FPU は、SNG やSHF 帯FPU よりも移動中の中継に適しており、マラソン中継に限らず報道中継等にも欠かせない伝送手段となっているものです。
これも嘘である。報道中継に800MHz帯を使うことはありえない。東京タワーなどの中継局が見えないと中継ができないので、事前に中継下見をしないと放送できないからだ。報道中継は、地方局でもSNGである(だからSatellite News Gatheringという)。「報道」とか「災害」とか「公共性」という錦の御旗を出せば、どんな無駄使いも許されると思ったら、大きな間違いである。

総務省は、根本的な1の疑問に答えていない。800MHz帯はマラソン中継専用なのだから、マラソン中継をしない場所では開放できるはずだ。その利用実績を示すよう2で求めたのだが、これに答えていない。しかしテレビ局のコメントには、「ロードレースなどでの移動中継に欠かせないシステムです」(NHK)など、800MHz帯はマラソン用だと正直に書かれている。

そのほか、ラジオマイクに使うなどと書かれているが、そんなものは1MHzもあれば十分だ。貴重なUHF帯に36MHz(時価4700億円)もの帯域を遊ばせているのは、莫大な浪費である。この帯域をオークションにかけるだけでも、地デジに移行するコストはまかなえる。電波利用料の流用ができなくなって、簡易チューナーの配布を生活保護世帯に限るなど、地デジ移行対策に苦しむ総務省にとっては、喉から手が出るほどほしい財源のはずだ。

それなのに、この帯域に手をつけられないのは、テレビ局の嘘を論破できないからだ。このように規制当局よりも規制される企業のほうが情報優位にある場合、当局が企業の情報操作によって彼らの利益を守る結果になる現象をregulatory captureとよぶ。通信業界の場合には、NTTに対して他社が違う情報を出すが、テレビ局は結束して嘘をつくので、見破れない。

おまけにテレビ局は、政治家をコントロールできる。先日、ある改革派といわれる政治家の側近が「地デジには問題があるが、うちの場合はマスコミを味方にして抵抗勢力と戦っているので、テレビ局を敵に回したらおしまいだ」と語っていた。皮肉なことに、世論を頼りにする改革派ほどテレビ局の批判はできないのだ。どこの国でもテレビ局は強力なロビー団体だが、競争のない日本のテレビ局は世界最強である。

追記:百歩ゆずって今のFPUを残すとしても、800MHz帯は「ホワイトスペース」として利用できる。