物理学の啓蒙書に、よく「数式なしで現代物理学が理解できる」という類のキャッチフレーズがあるが、これは嘘である。たとえば特殊相対性理論は、ニュートン力学とマクスウェルの電磁気学を数学的に統一する理論として理解するのがもっとも単純明快で、「宇宙船の中では時間が伸びる」といった解説は、かえって混乱する。

しかし本書のテーマである人間原理(著者もいうように正確には「生命原理」)は、問題そのものは中学生でも理解できる。これについては、過去の記事でこれに賛成する本批判する本を紹介したので、基本的な説明は省くが、本書はそれに「第三の答」を出そうとするものだ(だから人間原理を知っている人は第10章だけ読めばいい)。

そのアイディアは、Wheeler(先月死去した)の遅延実験として知られているが、超簡単にいうと、EPRパラドックスでも知られる因果律の逆転を根拠にするものだ。これは要するに「(事前の)電子のふるまいが(事後の)観測によって決まる」というもので、これを宇宙的スケールに拡大すれば、宇宙の端で電子のスピンを観測することによって他方の端にある電子のスピンを決める遠隔作用が可能になる。

実際には、これはパラドックスではなく、実験で証明された。つまり電子の状態を決めるのは人間の観測なのだから、この宇宙が人間に適しているのは当然だ。この意味で、人間が世界の創造主なのである――などという乱暴な説明ではわからないと思うので、くわしくは本書を読んでください。

これは物理学のもう一つの大問題ともからんでいる。シュレーディンガー方程式では複数の状態の確率的な重ね合わせである電子の状態が、観測すると一義的に決まるのはなぜかという観測問題も、アインシュタイン以来の懸案だが、最近は非干渉化理論による解釈が有力らしい。この理論によれば、客観的実在は主観的な観測の過程で情報が淘汰される量子ダーウィニズムの結果だということになる。自然科学まで含めて、21世紀は主観主義と進化論の時代になるのだろうか。