経産省には株式会社の意味も知らない人がいるようなので、ちょっと前の本だが紹介しておこう。著者の一人は、今はEconomist誌の編集長。本書は、資本主義のコアとしての株式会社の歴史を紹介したものだ。

会社とか営利事業体という概念は古来からあったが、多くは家族経営のような共同体的なものだった。しかし投資の規模やリスクが大きくなると、縁故に頼った資金調達では限界がある。特に16世紀後半から始まった「大航海時代」(植民地時代)には、香辛料などを求めて東方に航海するプロジェクトは「今日でいえば宇宙探査に投資するのと同じぐらいリスクが高かった」(p.40)。

そこでオランダやイギリスの「東インド会社」などの大規模な植民地事業では、収益の権利を株式として細分化し、多くの投資家にリスクを分散する方式がとられた。このときの最大のイノベーションは、有限責任という考え方だ。家族経営やパートナー制は無限責任なので、会社が巨額の負債を負って破綻した場合、出資者は場合によっては全財産を提供しなければならない。これではリスクが大きすぎるので、最悪の場合でも株式が紙切れになるだけに責任を限定して、投資家を保護したのである。

だから株式は、当初は航海のたびに募集されるクジのようなものだった。それが事業体に出資する形になってからも、株式を売買する市場ができたので、いつでも売れる柔軟性がある。つまり株式会社という方式は、もともとプロジェクト投資のためのシステムであり、ベンチャーのような事業に向いているのだ。

ただし欠点もある。有限責任であるがゆえに投資家の議決権も1株1票しかないので、会社の規模が大きくなると、他人のモニタリングにただ乗りする傾向が強まり、エージェンシー問題が生じる。これを防ぐには、LBOによって非上場にし、大口の債権者がモニターする方式もあるが、これは前にのべた公開会社の柔軟性を損なうので、食品や石油のような成熟産業のオペレーションを効率化するのには向いているが、ベンチャー企業には向いていない。

だから株式会社が万能というわけでもないし、他の多様な方式も会社法で認められている。しかし圧倒的多数の企業が株式会社という方式をとっているのは、市場メカニズムを利用できるので効率が高いためだろう。日本や欧州で一時流行したステークホルダー資本主義は、資本効率やイノベーションにおいて劣ることがはっきりし、世界的にも「本家」の株主資本主義に収斂する傾向が強まっている――というのが本書の結論だ。

ただ前にも書いたように、ITの世界では物的資本を分割所有する株主資本主義の限界も見え始めている。ウェブ上に存在する仮想企業にとっては、企業のコアは(コモディタイズした)資本設備ではなく、「全世界の情報を組織化する」というカルチャーかもしれない。その意味で、グーグルがChief Culture Officerという経営責任者をつくったのは、資本主義の次のシステムの試みとしておもしろい。