きょうの朝日新聞(朝刊10面)によれば、経産省の北畑事務次官が、1月25日の講演会で次のように発言したそうだ:
株主は能力がないという意味ではバカ。すぐに売れるということで浮気者。無責任、有限責任で、配当を要求する強欲な方。[・・・]デイトレーダーには無議決権株でいい。最も堕落した株主の典型だから、議決権を与える必要はない。買収防衛策の一助にもなる。
問題は、この発言よりも、これまで当ブログで紹介してきた、彼の一貫して反資本主義的な姿勢にある。彼が官房長だったときは、経済産業研究所に言論弾圧を行なって青木昌彦所長を辞任に追い込んだ。経済産業政策局長になると、新産業創造戦略なるターゲティング政策を打ち出し、「日の丸検索エンジン」などのもとになった。ダイエー騒動のときは、産業再生機構で整理するという官邸や財務省の方針に抵抗し、経産省が「再建」すると称して、霞ヶ関を3ヶ月間も混乱に陥れた。

事務次官になってからは、天下り斡旋の禁止に公然と反対し、霞ヶ関の抵抗勢力のリーダーとなった。資本市場の自由化に反対し、外資系の投資ファンドを根拠もなく「グリーンメーラー」と呼んだ。今度の講演でも「朝買って夜売り、会社のことは何も考えない[株主が]所有者というのは納得感が得られない」(*)」とか「短期的な利益追求の株主と日本の経営者は違って、いい会社はむしろ株主軽視」などと語っている。彼の頭の中には、通産省の栄光の時代の産業政策の亡霊がまだ徘徊しているのである。

北畑氏のこうした姿勢には、それなりの理由がある。資本主義は経産省の敵なのだ。かつて経産省や大銀行がになっていたコーポレートガバナンスの司令塔の役割を、今はグローバルな資本市場が奪ってしまった。おかげで、今や経産省の官僚の大半は省内失業状態で、優秀な官僚から順に「脱藩」し、リクルーターが大学に行っても、見向きもされない。

日本経済が1990年代に崩壊したあと、20年近く立ち直れない原因は、資本市場が機能しないため、所有権の移転によって産業構造を転換する企業コントロールの市場が成立しないことにある。いま日本株がめちゃくちゃに売られている原因も、ただでさえ対内直接投資がGDP比3%しかないのに、財界は「三角合併」に反対し、昨年は400以上の企業が企業買収防衛策を導入するという資本鎖国状態にある。それなのに、株安のさなかに無議決権株などの株主軽視の政策を打ち出し、株主をバカよばわりする人物に、経済政策をまかせていいのだろうか。

幸いなことに、彼は6月に退官したら「天下りはしないでスペインに移住する」と宣言している。80年代の円高時代に決めた計画を変えない硬直性は公私ともに一貫しているが、こっちの人生計画はぜひ守ってほしいものだ。そんなに資本主義がきらいなら、いっそ北朝鮮に移住してはどうか。

(*)デイトレーダーのような短期売買を追放したいのなら、インサイダー取引を解禁すべきだ。なぜ株主が所有権をもつべきかについては、コメント欄参照。

追記:問題発言を削除し、北畑氏の「真意」を説明した講演録が、経産省のサイトに出た。ひとことでいうと、一昔前に流行した「ステークホルダー資本主義」論だ。これがナンセンスであることは、コメントで紹介したTiroleの教科書の第1章にもていねいに説明してある。