安倍晋三氏の「戦後レジームからの脱却」論は、あえなく消えてしまったが、今の福田内閣の迷走ぶりを見ていると、二院制の欠陥を含めて、やはり現在の憲法の問題点を感じないわけにはいかない。その意味で、占領期を見直す本書のねらいはいい。

しかし「はじめに」に出てくる一覧表に、まず唖然とする。著者によれば、日本がいま迫られている選択は、「アメリカを中心とする帝国、社会的には市場全体主義」か「アジアの安全共同体、非営利・非政府の協同主義経済」かだという。非営利の経済とはどういうものか知らないが、たぶん社会主義という言葉を使うのが恥ずかしいのだろう。もちろん著者は後者が望ましいと考え、その観点から戦中・戦後の歴史を概観する。

これは、いろいろな意味で「通説をくつがえす」荒唐無稽な史観である。著者によれば、戦後改革はGHQによって初めて行なわれたのではなく、国家総動員体制で準備されていた「社会的連帯など戦前以来の伝統をもつ協同主義」による体制を、GHQ民政局の社会主義者がアメリカ型に改良したものだという。これは野口悠紀雄氏の「1940年体制論」など昔からある説たが、違うのは著者がそれを肯定的にとらえていることだ。

彼によれば、GHQがいなくても、こうした協同主義勢力が、天皇を君主として自主的に日本を再建し、それは「無制限の市場支配」をもたらした自由主義より、日本人に適したものになったはずだという。そして今後、「日本の福祉体制は、社会民主主義勢力よりも、保守・革新と異なる協同主義の勢力によって担われていくことになろう」。

問題は、本書に何十回も出てくる協同主義なる政治勢力が、著者の脳内にしか存在しないことだ。いや、著者も呼びかけ人の一人である「九条科学者の会」には存在するのかもしれないが、このリストの平均年齢は、ざっと65歳(死んだ人もいる)。これでは(幸いなことに)日本の今後の進路を決めることはできないだろう。

昨年、当ブログで紹介した岩波の新刊は(100冊中)1冊だけ。その質の低下がひどい原因は、もはや絶滅危惧種になった、こういう「岩波文化人」(多くは大月・青木書店とオーバーラップする)を無理やりさがして書かせるからだ。戦前から続く協同主義=家父長主義を賞賛して、自由主義を「反動勢力」と同一視し、岸信介まで協同主義のヒーローにする本書は、「ゴー宣」も顔負けのお笑い本である(画像はクリッカブルになっていない)。