まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのかDan氏のところには訳本が届いたようだが、私は原著しかもっていないので、それをもとに書く。したがって例によって、これは書評ではない(書評は2/25発売の週刊ダイヤモンドに書く予定)。

原著は2004年に出て大反響を読んだが、同じ著者のこれを上回る傑作、Black Swanが出たあと訳本が出たのは残念だ。本書の議論はBlack Swanで深められているので、1冊読むなら、そっちを読んだ方がいい。実は、本書は別の版元で最後まで訳したのだが、あまりにも訳がひどくて廃棄され、ダイヤモンド社でやりなおしたという経緯がある。

ここでは、1点だけコメントしておく。それは著者の議論のコアになっている素朴ポパー主義だ。ポパーについては、当ブログで私が批判すると、アマチュアから粘着的なコメントが来るが、もはや見捨てられた過去の哲学者であることは世界の常識だ。著者もそれを前提にしているのだが、彼はあえてポパーの反証主義を文字どおり実行する。つまり1度でも反証された理論はすべて棄却するのである。

そうすると当然のことながら、すべての経済理論も統計的推計も棄却される。そこから先、どうやって相場を読むかというのが本論なのだが、ここでは省く(本を読んでください)。興味あるのは、著者が科学哲学における通約不可能性理論と同じ結論に達していることだ。彼の議論を論理的につきつめると、ファイヤアーベントのいうように、すべての科学理論は宗教の一種であり、客観的知識なんて存在しない、という知的アナーキズムになる。

これは英米の分析哲学業界ではひんしゅくを買ったが、フランスでは受けた。それはデリダやドゥルーズなどの不可知論と、実質的に同じだからである。おもしろいことに、最先端の物理学のリーダー、サスキンドも同じ意見だ。彼は反証主義を否定して「科学的真理というのは科学者集団の主観的コンセンサスにすぎない」と主張し、この意味で神学と物理学に本質的な差はないと認めている。

この問題の根源には、有名なヒュームの問題がある。あなたがこれまでに見たすべての白鳥が白かったとしても、そこから「すべての白鳥は白い」という結論を出すことはできない。明日あなたが黒い白鳥に出会う可能性を排除できないからだ。したがって帰納の論理は、存在しえない。あなたが未来を正しく予測するためにもっとも重要なのは、それが不可能であるという事実を知ることなのだ。

業務連絡:大学は来週から休みに入るので、献本はICPFか自宅にお願いします。自宅の住所は、大手メディアのデータベースには登録されていると思いますが、右記の連絡先にメールをいただけばお知らせします。

追記:Black Swanの版権も、ダイヤモンド社が取ったそうだ。いまだに完璧に反証された神学理論を護持している経済学者には、両方とも必読書だ。著者の結論は「ハイエクを読め」。