The Economic Intstitutions of Capitalism
本書はウィリアムソンの主著だが、まだ訳されていない。そのテーマである資産特殊性は、日本経済にとっても重要だ。この言葉は、もともと著者が垂直統合の根拠として指摘し、ベッカーが企業特殊的技能として長期雇用の根拠とした。それを契約の不完備性として定式化したのが、ハートの所有権理論である。

資本と労働の固定性(補完性)が大きい製造業では、完全競争によって資源配分が効率化されるという新古典派経済学のマントラは成り立たない。たとえば自動車の部品を独立の企業がつくると、ボトルネックになる部品メーカーが供給を絞って高い価格をつけ、サプライチェーンが混乱する。

固定性を考えない単純なモデルでは、不良債権処理のようなリストラで企業の効率は上がり、創造的破壊が起こるが、実際のデータでは不況期には起業も減る。それは契約の不完備性による「ホールドアップ」やゾンビ企業への追い貸しなどの固定性によって資金市場が収縮するからだ。

資産特殊性の大きい製品では長期的取引が効率的になるが、それはドラスティックな事業再構築を阻み、マクロ的な非効率性を生む。したがって不良債権処理で古い企業を退場させると同時に、規制改革などによって固定性を減らし、新しい企業の参入をうながして投資需要を刺激する政策パッケージが必要なのだ。

しかし不況期には、既存の企業を守ろうとする政治的圧力が強く働く結果、バラマキ公共事業や資本注入などによってゾンビ企業やゾンビ銀行が延命され、新しい企業の参入が阻害される。これが日本の最大の失敗だった。

90年代の日本で、破壊だけが起こって創造が起こらなかったのは、系列関係などの関係的取引による強い固定性が原因だ。こうした古い産業構造を破壊し、まだ生き残っているゾンビを一掃しない限り、日本経済の長期衰退は止まらないだろう。