一時、日本で流行した「構造改革は清算主義だ」という類の議論のネタ元は、著者の昔の論文だが、本書を読むと、彼の主張はそういう単純な「リフレ派」ではないことがわかる。日本の90年代の長期不況の元凶を「ゾンビ企業」だと指摘したのも、著者なのである。

本書も高度にテクニカルな専門書なので、一般読者にはおすすめできないが、そのテーマであるspecificity(固定性、特殊性)は、日本経済にとっても重要だ。この言葉は、もともと資産特殊性としてWilliamsonによって垂直統合の根拠として指摘され、Beckerによって企業特殊的技能という形で長期雇用の根拠として明らかにされた。こうした資本と労働の固定性が長期的取引の効率を高める一方、ドラスティックな事業再構築を阻み、マクロ的な非効率性を生むというのが本書の主張だ。

固定性を考えない単純なモデルでは、不良債権処理のようなリストラによって企業の効率は上がり、創造的破壊が起こるが、実際のデータでは不況期には起業も減る。それは契約の不完備性による「ホールドアップ」やゾンビ企業への追い貸しなどの固定性によって資金市場が収縮するからだ。したがって不良債権処理で古い企業を退場させると同時に、規制改革などによって固定性を減らし、新しい企業の参入をうながして投資需要を刺激する政策パッケージが必要なのである。

しかし不況期には、既存の企業を守ろうとする政治的圧力が強く働く結果、バラマキ公共事業や資本注入などによってゾンビ企業やゾンビ銀行が延命され、新しい企業の参入が阻害される。これが日本の最大の失敗だった。90年代の日本で、破壊だけが起こって創造が起こらなかったのは、系列関係などの関係的取引による強い固定性が原因だ。こうした古い産業構造を破壊し、まだ生き残っているゾンビを一掃しない限り、日本経済の長期衰退は止まらないだろう。