岸博幸氏のコラムが、あちこちのブログなどで激しい批判を浴びている。私が彼に「レコード会社のロビイスト」というレッテルを貼ったのが彼の代名詞のようになってしまったのはちょっと気の毒なので、少しフォローしておきたい。

先日のICPFシンポジウムでわかったのは、岸氏は三田誠広氏のように嘘を承知で権利強化を主張しているのではなく、本気でそれが日本の「産業振興策」だと信じているということだ。しかし、これはある意味では三田氏よりも始末が悪い。本人がそう信じ、善意で主張しているので、コンテンツ産業の実態を知らない官僚や政治家には説得力をもってしまうからだ。

残念ながら、彼の信念は事実に裏づけられていない。岸氏は「デジタルとネットの普及でクリエーターは所得機会の損失という深刻な被害を受けている」というが、具体的にどれだけ深刻な被害を受けているのか、その根拠となるデータを示したことはない。学問的には、Oberholzer-Gee and Strumpf*(以下O-S)に代表される実証研究が一致して示すように、P2Pによるファイル共有がCDの売り上げに与える影響は、統計的にはプラスマイナスゼロに近い。日本でも、田中辰雄氏が同様の結果を発表している。

この理由は、ファイル共有が宣伝の役割も果たしているからだ。ラジオ局とJASRACは音楽の放送について包括契約を結んでいるが、その料金は実質的にはタダに近い。むしろレコード会社は、新譜を放送してくれるようにラジオ局に売り込んでくる。P2Pも、それと同じ役割を(はるかに低コストで広範に)果たしているのだ。O-Sによれば、ユーザーがCDを丸ごとコピーすることは少なく、むしろヒット曲だけを「サンプル」としてダウンロードする傾向が強い。気に入ったCDは、買うことが多いと推定される。

CDの売り上げが減っている主な原因は、他のメディアとの競争だとO-Sは推定している。最初のP2PソフトウェアNapsterが登場した1999年から2003年までの間にアメリカのCDの売り上げは26億ドル減ったが、DVDとVHSの売り上げは50億ドル増え、携帯電話の売り上げは3倍になった。日本でも、中村伊知哉氏なども指摘するように、携帯電話の通信料金がCDをcrowd outしている可能性が強い。

くわしくみると、スーパースターのCDの売り上げはP2Pの影響で減っているが、無名のミュージシャンの売り上げはP2Pのプロモーション効果によって増えている。現在では、CDの制作費(最低100万円もあればつくれる)にくらべて宣伝費のほうがはるかに大きいので、P2Pはクリエイターに損害を与えているのではなく、特定のミュージシャンに巨額の宣伝費をかけて(音楽的には質の高くない)メガヒットを作り出す現在のレコード会社のビジネスモデルを破壊しているのだ

逆にいうと、P2Pは無名だがすぐれたミュージシャンを発掘することで、音楽の多様性を高めていることになる。コンテンツ業界は極端なロングテールの世界で、特に音楽で食えるのは音楽家の数%だといわれる。その数%のスーパースターの(億単位の)収入が少し減る代わりに、多くの無名ミュージシャンがP2Pによって世に出ることは、音楽全体の質を高めるだろう。またP2Pによるレコード会社の損害はゼロに近い一方、ユーザーは大きな利益を得ているので、ファイル共有は経済全体の福祉には大きなプラスになっている、とO-Sは結論している。

岸氏がみているのは、本源的なクリエイターの利益ではなく、エイベックスというレコード会社の利益にすぎない。それが減っているのは、要するにレコード会社は衰退産業だからである。もっと効率的にコンテンツを流通させるメディアが出てきたら、CDが没落するのは当たり前だ。レコード会社にとってミュージシャンは不可欠だが、逆は成り立たない。マドンナにとってはCDよりライブのほうが重要だし、レディオヘッドのようにレコード会社を「中抜き」して、ミュージシャンが彼らの創造した価値の90%をとる時代が来るかもしれない。守るべきなのはクリエイターの利益であって、レコード会社の利益ではない。

(*)この論文の決定稿は、今年のJournal of Political Economyに発表された。