先日の記事では、メカニズム・デザインは実用にならないと書いたが、ハーバード大学ではBitTorrentによるファイル共有を効率的に行なうメカニズムの研究が行なわれているそうだ。この記事だけではわかりにくいが、別の記事と総合すると、こういうことらしい。

BitTorrentは他のピアとキャッシュを共有することで効率的なダウンロードを実現する。これはダウンロードする側にとっては便利だが、アップロード側は帯域を他人に占有されるので、自分のほしいファイルだけダウンロードしたらBitTorrentを閉じてしまうことが「合理的」な行動になる。しかし、これは「囚人のジレンマ」で、全員がそういう行動を取ったらP2Pネットワーク全体のパフォーマンスが低下する。

そこで、こうしたピアの過去のダウンロード/アップロードの履歴をデータベースに蓄積する「分散型評判システム」をつくり、高速かつ切断されないピアを選んでダウンロードする。このとき「仮想通貨」を相手のピアに渡し、アップロードに協力した「よいピア」は多くの通貨をもち、ダウンロードするとき優先的に接続できるように設計する。

これはメカニズム・デザインの言葉でいえば、協力すれば通貨をもらえるので、互いに協力することもナッシュ均衡になるから、囚人のジレンマを「マスキン単調」な協調ゲームに変換することになる。マスキン単調性は、目標とする状態にナッシュ誘導できるための必要条件だから、これに加えて仮想通貨を適切に設計すれば、よいピア同士で効率的にファイル共有することがナッシュ均衡になる。

人間社会でナッシュ誘導が実用にならないのは、他人のペイオフを知ることができないからだが、Triblerによって各ピアの情報を共有すれば機能するかもしれない。これはP2Pトラフィックの急増に悩まされているISPにも応用可能だ。経済学の側からいうと、これはP2Pネットワークを使って誘導メカニズムの社会実験ができることを意味する。人間と違ってコンピュータは必ず合理的に行動するから、メカニズム・デザインはコンピュータ・サイエンスに応用できるかもしれない。

追記:こういう評判システムを応用すれば、はてなのイナゴ対策も設計できるかもしれない。今はプラスの星をつけることだけが可能だが、マナーに反する記事やコメントについては星を(第三者が)減らすことも可能にし、点数がマイナスになったらドクロのマークでもつけ、ドクロの累計が一定数を超えたらアカウントを削除するのだ。