松岡利勝と「美しい日本」著者は、朝日新聞の「農業記者」のベテランとして有名だった。私が、かつて農業補助金の取材をしたときもすでに、その道の第一人者だった。そのとき取材してみて、日本の農業の実態が、著者の書いている以上にひどいものであることを痛感した。

どんな役所でも、何か必要な仕事というのはある。あの社保庁でさえ、つぶすわけにはいかないから民営化する。しかし農水省には、そういうコアとなる仕事がないのだ。農業補助金の用途を現地で取材すると、客のいない温泉ランドや「農業情報化センター」と称して使われないPCが何十台も並んでいる施設などばかり。著者もいうように、かりに明日、農水省を廃止したとしても、何の支障もないだろう。そんな官庁に毎年、3兆円以上の予算がついているのである。

松岡を一躍有名にしたのは、1994年のウルグアイ・ラウンドの「補償金」をめぐる騒動だった。このとき鉢巻きを巻いて座り込みをしたりして「戦闘隊」の先頭に立った松岡は、当初の政府案だった3兆5000億円の上積みを要求し、「つかみ金」は最終的に6兆円までふくらんだ。しかし、その内訳は不明のまま全国にばらまかれ、今に至るも何に使われたのか集計はないという。

だから松岡利勝というのは、一つの記号にすぎない。彼は官僚機構という巨大な空洞の中身をあまりにもあからさまに見せてしまっただけなのだ。しかし彼が死んでも、空洞は残る。民主党まで「食料自給率の向上」をマニフェストに掲げて補助金のバラマキを約束し、自民党もその敗戦を「教訓」にして「地域格差是正」の名のもとにバラマキを増やそうとする。そして、当の松岡を農水相に選んだ首相が「美しい国」と称して居座っているのだから。