訳本で上下巻1200ページ以上の大冊だが、おもしろく読める。ただし、驚くほど新しいことは書いてない。アメリカ人には珍しいかもしれないが、日本ではいろいろなメディアで報じられている話が多い。その情報源も脱北者の証言などが多く、新発見の資料は少ない。

特に疑問が残るのは、なぜ金日成が30歳そこそこで「パルチザンの英雄」として国家元首になれたのか、という謎だ。長幼の序にうるさい儒教国で、20代の若者が抗日戦を指揮するとは考えにくい。実際にゲリラを率いた伝説の英雄「金日成」は別の人物で、彼の死後、ソ連に逃亡していた金成柱(本名)が金日成を詐称し、スターリンの支援を受けて党を乗っ取ったという有力な説がある。これについて著者は、彼が改名したことは認めながらも、くわしい検証をしないで、パルチザンの指導者だったことは事実だとしている。

朝鮮戦争についても、ソ連が国連の安保理で拒否権を行使しなかったのはなぜか、といった基本的な問題に言及もしていない。巻末の注でも、出所には金日成の回顧録などの二次資料が多く、著者は歴史の検証にはあまり興味がないようにみえる。それに対して、彼が見た平壌の庶民生活の描写や、貧困や飢餓などのディテールは、非常にくわしい(というか繰り返しが多い)。

類書に比べて、金親子にかなり好意的なのが本書の特徴といえよう。金日成については一定の評価をしているし、金正日はよくいわれるような狂人ではなく、自国の現状について一定の客観的な認識はもっているとする。しかし、それを改革する動きはなく、市場経済の導入もきわめて限定的だ。6ヶ国協議のような交渉で北朝鮮が核兵器の開発をやめるかどうかについては、著者は悲観的である。