国土交通省は、タクシー業界の「過当競争」を是正するため、秋にも新規参入を制限するそうだ。朝日新聞によれば、「運転手の05年の平均年収が5年前より10%以上少ない302万円に減る一方、タクシーの事故は最近の10年で65%も増えた」そうだ。あいかわらず、役所の情報操作に乗って都合のいい数字だけを出す記者クラブ体質は変わらないようだ。

まず「年収が減った」という話を検証してみよう。厚生労働省の統計では、たしかに2002年の規制緩和以降、年収は8%ほど減っているが、それ以前の数字を見ると、バブル期に比べて30%近く減っている。減収の最大の原因は、規制緩和ではなく不況なのだ。その証拠に、景気の回復した昨年は、年収が増えている。

交通事故を件数で10年前と比較するのもおかしい(タクシーが増えたのだから事故が増えるのは当たり前)。事故率(警察庁調べ)を見ると、規制緩和前の90年代に大きく増えて2001年にピークに達し、規制緩和後は微減である。タクシーの事故は空車のとき起こりやすいため、不況で空車率が上がったことが事故増加の原因と考えられる。

問題は、規制緩和でだれが損をしたのかということだ。利用者が得したことは明らかだが、運転手は損したのだろうか。2002年以降、全国で約2万台のタクシーが増えた(国土交通省調べ)。1台のタクシーには通常2人が乗務するので、これは4万人の雇用が創出されたことを意味する。タクシーの運転手は失業者の受け皿だから、この4万人がホームレスになるより、300万円でも年収があったほうがいいことはいうまでもない。

要するに規制緩和で困るのは、競争の激化するタクシー会社と、労働強化される労働組合だけなのだ。彼らが既得権を守るために「弱者」をダシにして競争の制限を求めるのは、古いレトリックだ。もっとも弱い立場に置かれているのは失業者であり、新規参入による雇用創造こそ究極の福祉政策なのである。