当ブログでは、アクセスやコメントの多い記事と少ない記事は、だいたい予想がつくのだが、きのうの記事にたくさんコメントがついたのは意外だった。私の年寄りくさい感想が気にさわったのかな。ちょっとおもしろいので、憲法記念日ともからめて考えてみる。

マルクス主義にはいろいろな側面があるが、若者にもっとも影響を与えたのは、現在の国家を全面的に否定するアナーキズム的な側面だろう。その基礎にあるのは、国家はブルジョア階級の独裁体制を支える暴力装置だという発想で、「プロレタリアート独裁」という言葉も、そこから出てくる。このように国家を個人を抑圧する客体ととらえる発想は古くからあり、合衆国憲法に代表される立憲主義の基礎になっている。

これに対して、国家を「万人の万人に対する闘い」の調停者と考える家父長的国家観も古くからあり、ホッブズからヘーゲルをへて、大陸法の基礎になっている。特にヘーゲルの法哲学では、国家は「欲望の体系」としての市民社会の矛盾を止揚し、人々を臣民として包含する大文字の主体である。

戦後日本の知識人に前者の国家観が圧倒的だったのは、新憲法の影響である。それはGHQ民政局の社会主義の影響を受けた官僚によって書かれたため、過激なユートピア的国際主義に貫かれている。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文の有名な言葉には、第2次大戦で民主主義が勝利し、戦争の脅威はなくなったという米政府のオプティミズムが反映している。

しかし現実には、憲法のできた数年後から冷戦が始まり、朝鮮戦争によって世界には「平和を愛する諸国民」ばかりではないことも明らかになった。これに対応して、アメリカは日本に再軍備によって冷戦のコストを負担するよう要求したが、皮肉なことに彼らのつくった憲法がその障害となり、日米安保体制によってアメリカは一方的に大きなコストを負担することになった。

このように軍事的に自立できなかったため、日本はアメリカという父親にずっと守られる結果になった。それを支えたのが、社会党(朝日=岩波=東大法学部)に代表される「護憲勢力」だった。彼らは「国家権力」を批判する一方で、何か問題があると「政府がしっかりしろ」と求め、家父長的支配をかえって強めた。こうした甘えの中で、日本国は永遠の幼児として還暦を迎えてしまったのだ。

団塊の世代は、この「保育器」の中で育った。彼らは戦後復興を担わないでその恩恵にあずかり、学生運動によって社会主義を宣伝しておきながら就職して「日本的経営」の中核となり、バブルを崩壊させておきながら問題を先送りしてツケを後の世代にまわし、自分たちは高い年金を得て「食い逃げ」しようとしている。反体制的な主張をする一方で、電波利権や再販制度を守るためには政府を最大限利用する左翼メディアは、国家にただ乗りしてきた団塊の世代の象徴だ。

若い世代が彼らを嫌悪するのは当然で、当ブログへのコメントも団塊の世代が諸悪の根源だという批判は共通している。しかし、それに対して「ネット右翼」のような素朴なナショナリズムで反抗しても解決にはならない。まして「戦後レジーム」の否定が家父長的な「戦前レジーム」への回帰になるのでは、国民的支持は得られないだろう。彼らが団塊の世代を超えるポスト戦後の思想を築きえていないのは、国家を客体としてとらえる社会科学的な訓練を経ていないからではないか。それを乗り越えるためにも、マルクスの洗礼を一度受けてみる価値はあると思う。