イタリアは、ソーシャル・キャピタルの教科書である。特にマフィアについては、多くの研究がある。有名なのは、Gambettaの"Sicilian Mafia"だ。これは財産権が社会のインフラとしていかに重要であり、それを私的な組織で守ることがどんな歪みをもたらすかを示している。

中世にながくスペインの支配下にあったシチリア島では、支配者は地域住民の団結を恐れて、彼らのコミュニティを徹底的に分断した。その結果、村の対立抗争が起き、治安を守る広域的な警察がなかったため、財産権の保護が成立しなかった。この空白を埋めるため、「私的な警察」としてのマフィアができたのである。

しかし安全という公共的なサービスを市場メカニズムにゆだねることは危険である。安全が達成されると、サービスへの需要がなくなるので、市場を維持するためにはつねに危険を作り出さなければならない。マフィアは顧客の競争相手を暴力的に排除し、抗争を起こすことによって安全への需要を作り出すのだ。

安全のような社会のインフラがこのように私的に独占されると、すべての人々がマフィアに従わないと生きていけなくなる。警察も教会も、マフィアの暴力には勝てない。検事にも裁判官にも、容赦ないテロが繰り返される。それと対決すべき政府の首脳にも、ベルルスコーニのようなマフィアと関係のある人物が就任し、「マフィアとの共存」を呼びかける。

さすがのイタリア人も、こういうことを続けていると、イタリアが「EUの最貧国」として置き去りにされることに気づき始めた。ベルルスコーニは失脚し、マフィアのボスが大量に逮捕され、有罪判決が出るようになった(これも画期的なこと)。しかし何百年にもわたって破壊しつくされたソーシャル・キャピタルを再建することは容易ではない。そして最近ようやく経済学が気づいたように、生産性を決める最大の要因は、こういう無形の資本なのである。