構造改革という言葉は、小泉政権の生み出したキャッチフレーズだと思われているかもしれないが、もともとはイタリア共産党の指導者トリアッティが1940年代に提唱した、暴力革命によらないで議会で社会主義革命を行おうとする方針のことである。日本でも社会党の江田三郎などがこの路線をとったが、左派から「改良主義」と批判され、江田は党から追放された。

ことほど左様に構造改革というのは多義的な言葉であり、特に「リフレ派」を自称する人々は「構造問題は幻想だ」などと批判した。しかし著者のいう構造改革の意味は、それほど曖昧ではない。1990年代末には、数十兆円の財政出動によって日本の財政赤字が世界最悪になったにもかかわらず、経済は回復しなかった。それに対して、マクロ政策に頼らないで産業構造の改革で生産性(潜在成長率)を高めることが大事だ、と著者が総裁候補だった小泉氏に説いたことが始まりである。

だから構造改革のコアは不良債権問題だが、著者の専門は金融ではないので、その政策はかなり荒っぽいものだった。特に、彼が「金融再生プログラム」で打ち出した「繰り延べ税金資産」についての査定の厳格化は大きな論議を呼び、自己資本の大半を繰り延べ税金資産が占めていたりそな銀行は債務超過の危機に直面した。

このため破綻の責任を追及されることを恐れた金融庁(つまり竹中氏)は、債務超過ではないことにして、「破綻ではなく再生だ」と称して、破綻処理をしないでりそなに合計3兆円の公的資金を注入した。この経緯についての本書の説明は、非常に苦しい。他の部分では明快に「抵抗勢力」を批判する著者が、ここだけは「資産査定は監査法人のやったこと」などと官僚答弁のようになってしまう。

結果的に、りそな救済によって株価は上がったが、それは著者のいうように構造改革の成果が上がったからではなく、市場が「竹中は銀行を救済する」というシグナルを読み取ったからだ。事実これを最後に都銀の破綻や国有化はなくなったが、オーバーバンキングは残り、ゾンビ企業も延命されてしまった。

そして今、著者はふたたび潜在成長率に注目する。一時は成熟したと思われたアメリカ経済は、1990年代後半以降、IT産業へのシフトによって生産性を高め、最近では潜在成長率は3%台後半に達するといわれる。これに対して日本は「失われた15年間」に平均1%しか成長しなかったため、1人当たりGDPはOECD30ヶ国中14位に転落してしまった。この停滞の最大の原因が、著者が中途半端に終結した不良債権処理なのである。

だから今後の日本経済の最大の課題は、積み残された産業構造の問題にあらためて着手することだが、90年代のような「非常時」にもできなかった改革を「平時」に行うことはむずかしい。著者が議員を辞職したのも、小泉氏のような「変人」でなければ改革はできないと見切りをつけたのだろう。いま必要なのは、狭義の経済政策というよりも、政治・行政も含めた文字どおり構造的な改革かもしれない。