先日も少し紹介したが、最近、経済学者のブログでハイエクがちょっとした話題になっている。サックスが「ハイエクは間違っていた」と論じたのをイースタリーが批判し、さらにサックスが反論している。ポイントは、ハイエクが30年前に「スウェーデンのような福祉国家は社会主義国と同じ運命をたどるだろう」とのべたことだ。実際には、北欧諸国の経済的なパフォーマンスは良好で、日本でも「北欧型をめざせ」という議論がある。

しかしハイエクが生きていたら、こんな批判は一蹴しただろう。彼にとって社会主義の欠陥は経済的な非効率性ではなく、それが人間の自由を拘束すること自体だからである。彼は、非常に有名な1945年の論文で価格メカニズムの意味をこうのべる:
合理的な経済秩序の問題に特有の性格は、われわれが利用しなければならないさまざまな状況についての知識が、集中され統合された形では決して存在しないという点にある。[・・・]したがって社会の経済的な問題は、単に「与えられた」資源をいかに配分するかという問題ではない。それはだれにも全体としては与えられていない知識を[社会全体として]どう利用するかという問題なのである。
これはおそらく、インターネットの自律分散の思想をもっとも早い時期に提唱したものだろう。集権的国家のヒエラルキー構造では、必要な知識は官僚や専門家に集中しているが、変化の激しい社会ではその全体像を知っている人はだれもいない。社会全体に分散した膨大な情報を分散したまま利用するには、情報をもつ人が自由に意思決定を行うようにするしかない。その分散した情報を価格というパラメータを媒介にして調整するしくみが市場である。

あまり知られていないことだが、ハイエクは最近、『感覚秩序』(1952)でニューラルネットの原理を初めて提唱した科学者として「再発見」されている。脳も社会も、特定の中央集権的な計画なしに進化した自生的秩序だというのが彼の哲学だった。それは単に「与えられた」資源を効率的に配分するといった目標を最大化するのではなく、変化する環境に柔軟に適応できる自由度に最大の特徴があるのだ。

しかしハイエクは、価格メカニズムが「自由放任」によって機能すると考えたわけではない。むしろ晩年の彼は、市場が機能するための法秩序のあり方を研究し、大陸法の伝統である実定法主義(legal positivism)を批判して慣習や前例に従って判事がルールをつくるコモンローが望ましいとした。その基礎になるもっとも重要なルールが財産権である。それは、個人がコントロールできる物的な領域に境界を設けることによって他人や国家の干渉を防ぎ、その領域の中で自由な意思決定を可能にするからだ。では、ハイエクは「知的財産権」をどう考えただろうか。彼は、1948年の論文でこう書く:
私は、ここで発明の特許権、著作権、商標などの特権や権利を考えている。こうした分野に有体物と同じ財産権の概念をまねて適用することが、独占がはびこるのを大いに助長しており、この分野で競争が機能するには抜本的な改革が必要であることは疑問の余地がないように思われる。
知識をもっている人の物的な財産を守ることで意思決定の自由を確保する財産権とは逆に、特許や著作権は国家が知識の利用を集権的にコントロールすることによって、その自由な利用をさまたげている(cf. Wu)。それを正当化するのに、権利者の利益を守るという(疑わしい)理由をつけることは間違っている。自由な言論は自由な社会の究極的な目的であって、経済的な利益に従属する手段ではないからだ。

「市場原理主義」は金の亡者を賞賛するものだという通俗的な理解に反して、ハイエクは自由な社会の目的は富を最大化することではなく、自由を最大化することだと考えていた。実はこういう自由の概念は、彼のきらうヘーゲルやマルクスの自由論と似ている。マルクスにとっても、未来社会で重要なのは分配の平等ではなく、経済法則に支配される「必然(必要)の国」を脱却して「自由の国」を実現することだった。Economist誌によれば、晩年のフーコーも講義で「ハイエクを読め」と教えていたという。

私たちの社会が工業化の段階を過ぎて新しい段階に入ろうとしているとき、あらためて考える必要があるのは、社会の究極の価値とは何かということだろう。富は欠乏からの自由を得るための手段だったはずなのに、富の追求が目的になる資本主義社会は倒錯しているのではないか。まして著作者の富を守るために、他人の表現の自由を侵害する権利を認めてよいのだろうか。財産権を破棄することが自由な社会の条件だというマルクスの結論は間違っていたが、知的財産権についてはマルクスとハイエクの意見は一致するかもしれない。