住基ネットをめぐって大阪高裁が危険性を認める一方、名古屋高裁は危険性を否定するなど、判決がわかれている。大阪で控訴を断念した箕面市が住民データを削除する費用を計算したら、ひとり最大3500万円もかかるという笑えない話まで出てきた。

裁判で問題になっている安全性なるものは、検索エンジンで個人情報が丸見えになっている現代ではナンセンスである。グーグルで私の名前を検索すると、51万件以上の個人情報が出てくるが、その中に住基データは1件もない。行政の中だけのクローズドなネットワークだからである。住基データを悪用した詐欺などが、ごくまれにあるようだが、そんなことをいったらウェブ上に流れている個人情報を使った違法行為は山ほどある。だからといってグーグルを禁止せよという人はいないだろう。その有用性のほうがはるかに大きいからだ。

住基ネットの問題は、それが危険なことではなく、役に立たないことだ。朝日新聞の記事でも指摘するように、住基カードの利用率は0.7%。住基データは、全国民あわせても10GB足らずだ。DVD1枚にも収まるようなデータを「コンピュータ・センター」に収容し、24時間体制で監視して、維持費は年間180億円かかる。それで行政経費が節約になるどころか、外務省のパスポートシステムのように40億円かけて利用者が2年間に133人しかおらず、運用を停止した例もある。国民全員に強制的に通し番号をつけるのは、納税者番号しか意味がないが、住基ネットは納税者番号には使われない。まったく有害無益なネットワークなのである。

愚劣な安全性論争が始まったのは、櫻井よしこ氏などが、システムの中身も知らないで「住基ネットは国民を裸で立たせるものだ」などとヒステリックに騒ぎ、これに左翼の残党が乗って「監視社会」なるものに反対する運動を始めたからだ。特に責任が重いのは、伊藤穣一氏である。彼はこの運動の中心になり、長野県の「侵入実験」などで住基ネットの危険性をアピールした。この実験と称するものは、村役場に入ってラックを開けてサーバに侵入したというのだから、単なる泥棒である。

もういい加減にこういう無意味な法廷論争はやめ、住基ネットを廃止してはどうだろうか。だれも使っていないのだから、失うものはない。物理的なサーバは普通の行政事務に使い、自治体間の連絡は普通のインターネットで(必要ならデータを暗号化して)やればよい。法律でがんじがらめになった住基データを使わなくても、たとえば電話番号を使ってもよいのである。