「グレーゾーン金利」についての記事には、70近いコメントがついて、なおも議論が続いている。価格メカニズムについての無知にもとづくコメントも多いが、重要なのは「債務者は必ずしも合理的ではない」という行動経済学的な批判である。これについては、47thさんがかなりくわしく取り上げているので、そこで紹介されているSunsteinの論文を参考にして、この問題を少し考えてみる。

まず、すべての債務者が新古典派経済学の想定するように合理的であれば、問題は簡単である。借金で破産するのは自己責任であり、そういうリスクを承知の上で借り入れることを規制する理由はない。しかし実際には、高利で借りざるをえないところに追い込まれた債務者が、合理的に行動するとは想定できない。人間は、新古典派的なアルゴリズム(演繹法)ではなく、行動経済学的なヒューリスティクス(帰納法)で考えるので、その帰納手続きの違いによっていろいろなバイアスが生じる。借金の場合には、たとえば「100万円借りて、1年後に元利合計129万円を返済する」という契約は拒むが、「10日ごとに1万円の金利を支払う」という契約にはつい乗ってしまうという類の近視眼バイアスが起こりやすい。

このような問題を防ぐもっとも簡単な方法は、いま金融庁がやろうとしているように、一律に上限金利を20%以下に引き下げる規制である。この根底には「高利で借りるような債務者はバカだから、賢明な政府が彼らの借り入れを制限すべきだ」という強い家父長主義がある。たしかに、規制によって20%以上の金利で借り入れができなくなれば、債務も減るだろう。しかし、これは「交通事故を減らすには車の販売を禁止すればよい」というようなもので、対策の名には値しない。それによって返済能力のある人も借りられなくなるばかりでなく、多重債務者が闇金融に走って、事態はかえって悪化するおそれが強い(2000年の上限金利引き下げでは悪化した)。

かといって、何もしないで自己責任にゆだねよ、というわけにも行かない。必要なのは、債務者から借り入れの機会を奪うことではなく、彼が合理的に判断できるように非バイアス化(debias)することである。これには(現在も規制されているように)事前説明や書面交付を義務づけることも含まれるが、それだけでは不十分だ。サラ金に駆け込む債務者は、すでに心理的に追い込まれているので、複雑な契約書を提示されても「ああそうですか」とメクラ判を押すことになりかねない。そのバイアスを中立化するには、彼の置かれている環境(フレーミング)を変えて、冷静に考え直す余裕を与える必要がある。

そういう非バイアス化の一つの手段として、クーリングオフの制度が考えられるのではないか。一定期間までは、債務者が貸金契約を一方的に破棄する(元金だけを返済する)権利をもつことを法律で定めるのだ。現在のクーリングオフ制度は、訪問販売などに限定されているが、これを貸金業に適用すればよい。貸金業者のリスクは大きくなるが、これは一種のオプションを売るようなものなので、そのリスクはコントロール可能である。債務者のバイアスを勘案すると、こういう弱い家父長主義は対策としてありうると思うが、どうだろうか。

追記:コメント欄にも書いたが、グレーゾーンをなくすという金融庁の方針は当然である。問題は、出資法と利息制限法のどちらに寄せるかだが、私は出資法に一本化すべきだと思う。ただし、上限を超える金利に刑事罰は必要ない。