国際大学GLOCOMの所長代行と東浩紀副所長が辞職した。もともと所長は不在なので、経営者のまったくいない研究所という異常な状態になる。

こうなることは、十分予想できた。所長を辞めたはずの公文俊平が「代表」なる肩書きで居座る一方、経営責任は持たず、無能なスタッフを甘やかしてきたからだ。こういうガバナンス不在の状況では、まともな研究者はいつかず、行き場のない連中だけが残って、派閥抗争を繰り返してきた。経営は慢性的に赤字で、不正経理問題も起こり、財政的にもいつまでもつかわからない。

GLOCOMは、1991年に村上泰亮を所長として発足した。東大の「中沢事件」で辞職した村上と、リクルート事件で辞職した公文を救済しようという中山素平(興銀特別顧問)の温情で、興銀の取引先の企業から寄付をつのってやってきた。特に彼が社外取締役だったNTTからの寄付が大きく、いわば興銀とNTTの丸抱えでやってきたのである。郵政省とNTTが経営形態をめぐって対立した時期には、NTT分割に反対する「別働隊」として政治的な役割も果たした。

しかし社会科学系の研究所が、寄付だけでやっていくのは不可能である。NTTが1999年に再編された後は、郵政省との関係も修復され、NTTにとってGLOCOMの利用価値はなくなった。興銀もみずほFGに吸収され、他のスポンサーも中山の個人的な人望でつなぎとめていたので、彼が死去した今となっては、もうGLOCOMには存在基盤も存在理由もない。本体の国際大学も、大幅な定員割れで赤字が続いているので、GLOCOMが解体されるのは時間の問題だろう。