安全神話崩壊のパラドックス―治安の法社会学
オウム真理教の事件が起こった1995年ごろから、日本社会の「安全神話の崩壊」がいわれるようになったが、私は疑問に思っていた。オウムが殺した人数は27人だが、地下鉄サリン事件の直後に起こったオクラホマ州政府ビル爆破事件だけで168人が犠牲になったし、アルカイダの犠牲者はさらに一桁多い。オウム程度のテロリストが騒がれる日本は、むしろまだまだ安全なのではないか。

本書は、これを統計的に実証する。統計上の犯罪が増加している最大の原因は、警察が犯罪被害の届け出を受理しない「前さばき」が減ったため、実際の犯罪件数と統計とのギャップが縮まったことだ。検挙率の低下している原因も、この母集団の増加にくわえて、軽微な犯罪や余罪の追及に要員をさかなくなったことでほぼ説明がつくという(ただし、捜査能力が低下していることは事実だ)。

日本社会は、今も相対的には安全で、たとえば殺人事件の実質的な発生率は米国の1割以下だ。ただ従来は、凶悪犯罪は暴力団などの特殊な隔離された社会で行われてきたが、都市型犯罪によって一般社会にも広がってきたため、実感上の「安全神話」がゆらいでいる、というのが結論である。

著者の父親は河合隼雄氏だが、彼の「ユング心理学」なるものは、街の占い師と大して変わらない。本書の後半の日本人論は、父親のそれと同じく凡庸で冗漫だが、前半の実証データはおもしろい。