環境税の導入が見送りになった。京都議定書の発効が確実になったというのに、反対する財界は「自発的努力」だけで実質25%ものCO2削減が可能だというのだろうか。

他方で、ロシアからCO2排出枠を買うビジネスが始まり、国内でも各社に排出枠を割り当てる検討が始まっている。こうした「財産ルール」による市場メカニズムを使った解決策は、有名な「コースの定理」にもとづくもので、経済学者には支持されているが、実際には問題が多い。

国際的に問題なのは、排出枠が「検証可能」かということだ。とくにロシアが「売った」枠を正確に実施して排出を削減するかどうかは疑わしい。単にロシアに金を出して日本が現状維持するだけに終わるおそれが強い。コースも認めるように「取引費用」が大きすぎる場合には、財産権の設定は効率的ではない。

国内では、まじめに排出枠の取引をやろうとすると、膨大な枠の割り当てが必要になり、エネルギー関連産業全体が「統制経済」になるばかりでなく、この「環境利権」をめぐる政治的な交渉が起こる。これもコースの定理の弱点で、財産権の初期分配を決めるルールはないのだ。

もっとも本質的な問題は、たとえ排出権取引が厳密に実施されたとしても、それは排出量を削減するコストの高い企業から低い企業に負担を移転するだけで、全体の排出量は変わらないということだ。したがって財産ルールが望ましいのは、削減目標に科学的な根拠があり、それを達成することが確実である場合に限られる。

しかし、これが京都議定書の最大の欠陥である。各国ごとの削減率は、科学ではなく政治によって決まったもので、議長国になってしまった日本は、もっとも不利な条件を負わされた。議定書が完全実施されたとしても、地球温暖化は100年後に6年のびるだけだ

温暖化を防ぐことは必要だが、政府が絶対的な「削減目標」を設定する意味はないし、日本が京都議定書の目標を完全実施することは不可能である。相対的に削減する努力を促進するため、環境税のような「責任ルール」で分権的に実施したほうがよい(厳密な議論はKaplow-Shavell参照)。