最近「制度設計」という言葉がよく使われるようになった。竹中平蔵氏は「郵政民営化は戦後最大の制度設計だ」という。しかし、こうした発想そのものを批判する人も多い。

小谷清氏は、竹中金融行政は、ハイエクの否定した「設計主義」(constructivism)だというが、これは設計主義という誤訳にひきずられた誤解である。Constructiveというのは特定の目的のために構造物を建設してゆくことだから、「構築主義」とか「計画主義」などと訳すべきだろう。「設計」は英語でいえばdesignで、明らかに別の概念である。

制度設計というのは、ルールを決めることであって、特定の目的を実現することではない。「自生的秩序」に早くから注目したハイエクも、秩序が自生的に維持されるにはルールが厳密に守られる必要があることを認識していた。彼の評価したプリゴジンの理論でも示されるように、物理系の挙動にも不規則性が大きいと、散逸構造は生じないのだ(だから、この種の「カオス理論」は経済学では実用にはならない)。

晩年のハイエクの大著が『法と立法と自由』であることからも明らかなように、合理的なルールの設計こそ自由な社会にとってもっとも重要である。これから経済学がめざすべき一つの(規範的な)方向は、「制度設計の科学」ではなかろうか。