カーネマンの「プロスペクト理論」という名前には大した意味がなく、論文を投稿するときそれらしい名前があったほうがいいだろうということでつけた名前のようですが、つけるならレトロスペクト(回顧)理論のほうがよかったのではないでしょうか。今までの期待効用理論が前向きのプロスペクト(見通し)だけを考えるのに対して、現実の人間は過去を振り返って出発点との差分で考えるというのが彼らの理論だからです。

これは自明のように見えますが、そうでもありません。今でも経済学の主流はベルヌイ以来の期待効用最大化理論であり、プロスペクト理論は普通の教科書には出ていない。それは効用関数や需要関数などの経済学の基礎概念と矛盾し、それを認めると価格理論が成り立たなくなるからです。

たとえば「市場均衡がパレート効率性を実現する」という厚生経済学の基本定理は、人々の効用が消費の絶対水準だけに依存していると仮定していますが、これが否定されると市場の効率性という経済学の看板が失われます。現状からの変化で幸福が決まるとすると、市場のように現状を激しく動かすシステムより、なるべく現状を維持するシステムが望ましいのかもしれない。

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上の図は有名なプロスペクト理論の価値関数ですが、こういう構造は偶然できたものとは考えられません。人間の知覚は、100万年以上にわたって他の動物や人間どうしの闘いに適応してきたので、止まっているものを無視して動いているものに注目するようにできています。いわば感覚が微分的にできているのです。微分係数は絶対値と無関係です。たとえば次のような関数を考えましょう。

 f(x)=x2

ここでf'(x)=2xですが、これはxの値に依存しません。もちろんxの値が大きくなると絶対値は大きくなりますが、

 g(x)=x2+1000000

であってもg'(x)=f'(x)です。つまり微分係数の大きさは、変化の初期値(y軸の切片)には依存しないので、問題は変化率だけで絶対値ではありません。こういうバイアスは広く見られ、たとえばタバコで毎年13万人が死んでいるのに関心をもたず、原発事故で1人死ぬかどうかで大論争しています。

これは人間の知覚に深く根ざしたバイアスで、システム2で補正しないと全体が見えなくなります。中井久夫『分裂病と人類』によれば、分裂病(統合失調症)の特徴は、感覚が極度に微分的になって変化だけに注目することだそうです。

こういう微分性に最初に気づいたのは、19世紀の限界効用学派だったのですが、彼らは「限界効用=価格」という間違った理論を構築してしまいました。価格はゼロベースですが、限界効用は既定値がベースなので、この方程式は間違っているのです。この話は厳密にすると厄介で、プロスペクト理論をベースにした価格理論も構築されていますが、非常に難解で、市場均衡についてはほとんど何もいえなくなります。